第10話 魔人が水に溺れるってなんだ?

「うぅぅぅぅ。せめて髪を洗いたい。身体を拭きたい」


 流石に四日目は駄目だ。土埃と草の汁と銀色の毛まみれになったスーツも駄目だ。せめて消臭スプレーを振りまきたい。


 因みに昨晩は草の上ではなくて、銀太の尻尾に埋もれて寝た。お陰で背中が痛いという現象に悩まされることはなかった。


「少し先に水辺があるぞ、岩が見えているところだ」


 クロムがある方向を指してくれた。確かに岩っぽいものが見える。私はリュックを抱えて、岩が草原の中から顔を出しているところに向かって行った。


 クロムに水の精霊でお湯は出せないのかと昨晩聞いてみたけど、水と火の精霊の相性が悪いから無理だと断られた。

 それも、そんなことは常識だろうというため息つきで。


 だったら、精霊の水で髪を洗いたいと言ったら、愚か者と怒られてしまった。精霊の機嫌を損ねることは絶対にしないとも言われた。

 どうも身体の汚れを落とすことは、精霊のプライドに障るらしい。


 私は別にいいと思うのだけど。


 そんなことを思いながらたどり着いた泉は、なんとも言えないほど透き通った水だった。


 深い。そして透明度が高い。

 生き物が住めない水質なのかと疑ってみたけど、泉の中を覗き込むと、青い小魚がいるのが見える。


 手を入れてみる。冷たくて気持ちいい水温。ピリピリはしない。手を出して指を擦ってみるけど、ヌメリはない。匂いも無臭。

 流石に飲む勇気はないけど、二メートルほどの大きさの泉なら水浴びができるじゃない!


 四日間着続けたスーツの上着を脱いで、革のペタ靴を脱ぐ。ズボンを脱ごうとして気がついた。


 これ入るのはいいけど、何で身体を拭くわけ?


 確かに今まで顔はタオル生地のハンカチで拭いていた。だけど、全身を拭くには大きさが足りない。


 この事実に行き着いて地面に項垂れる。


 流石に濡れたまま服を着るのはイヤだし、乾くまで腰蓑で過ごすというのも嫌だ。


「物語の主人公ってどうやっているの? 無人島ぐらしって? ネットショッピング機能が欲しいって言えば使えるの?」


 叫んでみて『鑑定』を使ってみたけど、相変わらず読めない文字の羅列だ。

 せめて、自分の鑑定結果ぐらい見れるでしょう! 普通!


 私がこのどうしようもない状況に、悩まされていると、ぴちゃんと水が跳ねる音が聞こえる。

 何かと思い視線を上げると、泉の中に小魚を咥えた猫がいた。いや、豹? にしては、全身が青い鳥の羽のような物に覆われている?


 その豹っぽい鳥? が私の方に近づいてくる!

 それも子猫の大きさの可愛いネコ科!


 これはもしかして、子供が興味津々で私に近づいてきたってことかな?


 私のすぐ側の岸に上がってきた変わった子猫は、魚を口からペッとだして、全身の水を払うようにブルブルッと震えている。


 なんだろう? 豹っぽい顔つきなのに、背中が鳥の羽で覆われていて、翼もある。尻尾は猫というより、水の中を泳ぐ魚の尾の形だ。

 だけど、四肢は子猫したら太い足。そこは獣っぽい毛並み。


 これってキメラっていうのかな? それとも異世界ではこういう種がいるってこと?


「おいで」


 昔猫を飼っていたことを思い出して、指先を出してみる。猫って指を出すと匂いを嗅ぎ出すんだよね。


 だけど、警戒しているのか、子猫っぽい生き物は動かない。まぁ仕方がないか。


 水浴びも諦めよう。やはり、街に行くことが先決だ。タオルが必要だとわかったことが、良かったと思おう。


 気持ちろ入れ替えて、勢いよく立ち上がると、足元がずりっと滑った。しまった! 靴を履いているつもりだった。

 と思った瞬間、私は水の中にいた。


 上に向かって泳ぐも、上手く泳げない。


 青い水の中の世界。綺麗だけど……

 水浴びしたいと思ったけどこういう事じゃない!

 心の叫びが、漏れてしまったのか、水が口の中に入って……溺死って嫌だな。


 それが最後の記憶だった。






「魔人が水に溺れるってなんだ?」


 クロムの呆れた声に意識が戻った。なんだかだるいけど、身体はモフモフの毛布にくるまれている。暖かくて気持ちいい。


「こいつに礼を言っておけよ。頑張って水面まで引き揚げていたんだからな。流石、子供でもフローセア種ってことだな」


 クロムが何か言っているけど、半分ぐらいしか理解できなかった。そして、ぼうっとした視界に可愛い子猫が映り込んできた。


 ああ、この子が助けてくれたってことだね。


「虎次。ありがとう」


 そういって、私は手を伸ばして虎次の頭を撫ぜる。

 キジトラ猫の虎次。やんちゃで可愛い猫だったんだよね。


「カリン! お前! 全然わかってねぇだろう!」


 何故かクロムに怒られている……どうしたのだろう?


 虎次を見ると最近見たことあるような虚空を見ている目をしている。どこで見たかな?

 すると、大きな犬の顔が視界を塞ぎ、虎次を咥えてどこかに連れて行ってしまった。

 うーん。よくわからないけど、だるいからもう少し寝ていいかな?




「なんだ? また寝たのか? カリンには学習能力ってないのか? また名付けなんてしやがって、それもフローセア種だぞ。水中だろうが陸だろうが空だろうが、逃げようにもどこまでも追ってくる恐ろしい魔物まで配下にするなんて、ヤバすぎるだろう」


__________

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