第5話 触ると死ぬ?

「猫さん。私凄く困っているの」


 私は私に起こったことを猫に説明した。


 突然、空に月が二つ浮かぶ草原の地に立っていたこと。

 ステータスを見ても文字が読めなかったこと。

 この世界に生き物がいないのかと思ってしまったこと。

 同じような人がいたけど、言葉が通じなくて攻撃をされたこと。

 お腹が空いたと叫べば、こんな状況に陥ってしまったこと。


 私には私のこの状況がわからないこと。


「ねぇ、私は何者?」


 どうも状況的に私は畏怖されている対象にしか思えない。


「何を言っているんだ? お前は『マジン』だろう?」

「マジン……」


 言葉的にはあまりよろしくない響きだ。

 それも完全に猫は呆れた顔をしている。そんなこともわからないのかと、言わんばかりだ。


「マジンは世界に唐突に生えると聞いているから、そういうものだろう?」

「生えるの! マジンって!」


 マジンって本当に何? 植物みたいに生えてくるの?


 ……ちょっと待とうか。私は月が二つになっていると気がついたときのことを思い出す。

 突然足元に草が当たる感覚に困惑して足元を見て、周りを見て、空を見上げた。

 そう突然、風景が変わっていた。


 それを言い換えると、世界に生えていくるという表現になるのかも?


「えっと、マジンってなに?」

「なんだ? お前、自分のこともわからないのか?」

「だから、私が住んでいたところは別の世界なんだって!」


 そもそもが私が住んでいた所は月は二つもないし、太陽が三つもない。その太陽を指す。


「私が住んでいたところは、太陽が一つだけなの!」

「え? それって凄く暗そうな世界だな。流石、マジンの世界ってことか」


 いや、昼間はここと変わらないくらい明るいよ。


「まぁ、マジンっていうのは、魔物でもなく、魔族でもなく、マジンっていう個体だな」


 ……やっぱりそっち系の魔人という者ですか。いやいやいやいや、私は普通のOLであって、魔族とかそういう部類のもの……個体ということは、同じ種という者が存在しない?


「魔人は他にいない?」

「いや、いるぞ」

「いるの!」


 私は猫の肩を掴んで、答えを急くように詰め寄る。しかし、その手を叩かれてしまった。


「おい、俺はまだ強い部類に入るからいいが、他のヤツにむやみに触るなよ」

「え? 触るのが駄目?」

「触ると、最悪死ぬぞ」


……何? その触るだけで生命を奪っちゃう系。やばくないそれ。


「死ぬの?」

「死ぬ」


 聞き直したけど、言い切られてしまった。それは人っぽい人に攻撃されるかもしれない。


「えーっとなぜ、死ぬのか聞いていい?」

「そんなもの、強大な魔力に接触されたら、それだけで、心臓が止まるだろう! なに当たり前なことを聞いてくるんだ?」

「その当たり前のことが、わからないの」


 私は私の状況に項垂れてしまう。これは完璧にアウトな状況じゃない?

 なに? 魔力が強すぎて触るだけで、相手を殺すって……魔力!


「魔力があるの!」

「そこからか! 魔力なんて、どんな生き物にもあるだろうが!」


 そこからなんだよ。もう赤子に物事を教えるように対応して欲しい。


「それで、他の魔人って会うことってできる?」

「さぁ? 魔王だから難しいんじゃねぇのか?」


 魔王!


 その言葉に私は地面に膝をついて項垂れる。魔王が魔人。魔人が魔王。


 これはどう考えても会うのは無理だ。魔王に会えるわけもないし、会いたくもない。


 他の魔人から情報を得るというのは無理だと諦めて、元の世界に帰る方法を探す方がいいよね。


「あの……元の世界に帰りたいのだけど、なにか情報はないかな?」

「さぁ? 魔人が居なくなったという話は聞いたことがないからなぁ」


 ん? この言い方だと魔王以外の魔人がいる!


「その魔王以外の魔人は!」

「今、確認されている魔人は魔王とお前だけだ」


 駄目だった。他の魔人すら居ない。

 魔王という存在が居続けているという意味で、居なくなったという話は聞かないということだったのか。


 まとめると、私はヤバい人間ということになる。


 魔人が他に魔王しか存在していない時点でアウトだ。情報を得られる可能性が皆無と言っていい。

 そうなると自力で情報を得るしかなくなる。


 だけど、弱い者に触ると死ぬって、もうどうしようもない。街の中で死人を生み出す、死神みたいじゃない。


 こう考えると、私に声を掛けてくれた猫は貴重だと思う。危険だと思っても声を掛けてくれたのだ。


 私にとってこの猫が命綱だと言っていい。せめて言葉がわかればいいのだけど、日本語が猫語だったのだなら、猫に頼る以外選択肢はない。


「あの……猫さん。なぜ、魔人と言われる私に声を掛けてくれたの?」

「ああ? そんなもの国に出入りする入口が凍らされたのなら、文句ぐらい言うだろうが! 帰ろうと思っても帰れないんだぞ!」


 そうだね。帰れないというのは凄く困る。


 現に私が途方に暮れている。もう、どうすればいいのだろうという状況だ。


「猫さん。その凍らせた国の入口を解かすから、私のお願いを聞いてくれないかな?」

「嫌だが?」


 ぐふっ! 猫にも嫌われたら私は帰る以前に、生きていけないかもしれない。


_________


小話

魔人が生えるという元は、召喚された姿を見たモノが、なにもない地面から魔人が現れたと騒いだことが発端です。

それが魔人は生えていくるというのが常識になっています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る