第6話 私の最後の食料を差し上げます


「うぅぅぅぅ。取り敢えず、凍らせたのを元に戻しに行くよ」


 そう言って、歩いてきた方向を見た。見た……辺りを見渡す。たぶん、あっちの方向という場所を見るけど、真っ白に凍らせた山は見当たらない。

 流石に一日経てば解けるよね。


「雪山、見当たらないよ」

「お前、どこを見ているんだ? もっと先だ」


 もっと先……先?……霞んでいるように見える白い山が見える。霞んで白いのか、もやっていて白いのか、本当に雪山なのかわからない遠さだ。


「え? 私、こんなに移動した記憶ないけど?」

「何を言っているんだ? 爆走しているのを山から俺は見たぞ」


 爆走? もしかして、遠くに人を見つけて走りだしたときのこと?

 確かに、身体は軽かったよね。って、それだけで、これだけの距離を移動できる? 一キロ二キロの範囲じゃないよ。

 もう十キロと言っていいかもしれない。


 私は流石に十キロは全力では走れないよ。


 この距離を戻るの? 無理じゃない?

 それに一応果物ぐらいは食べ物を確保したい。肉は捌くのは無理だからいらないけど、持ち歩くすべも欲しい。


「道を移動する乗り物ってないの?」

「なんだ? それは」


 猫は意味がわからないという顔をしている。もしかして、ここの世界の人は歩くしか移動手段がない? それとも猫だから移動手段を使わない?


「騎獣に荷車を引かすみたいなもののことか?」


 普通にあるみたい。これは荷馬車という解釈でいいかな?


「そう、それそれ! その移動手段って使えない?」

「この状況でよく言うよな」


 うっ……私の回りには動物の死骸で埋め尽くされている。荷馬車がどうこう言っている場所ではない。


「だって、あの距離を移動するなんて無理! 乗り物が欲しい! せめて果物だけは確保したい!」


 すると遠くの方から何かが駆けてくる音がする。地面を蹴って駆けてくる音に地面から振動も響いてくる。

 今度は何が起こるの!


 身構えていると、私の周りの山のようになった動物の死骸の一部が宙を舞った。いや、何かに弾き飛ばされたのか、空に舞い上がって行き、地面に落ちていく。


 そして私の目の前には銀色の毛並みが綺麗な、大きな犬が身を低くしていたのだった。


 この犬、大きい。大型犬というレベルじゃなくて、動物園のゾウぐらいの大きさはありそう。


 これは何? 私に乗れってことでいいのかな?


「お前、なんというか……凄いな」

「凄いのかどうかも、わからないよ」

「取り敢えず、この食べ物は俺が持って行ってやる」


 猫がそういうと、周りにあった動物の死骸が一瞬にして消えてしまった。そして山のように積み上がっていた果物もだ。


「消えた! どうやったわけ?」

「やっぱり知らねぇのか。これは亜空間収納だ。空間に自分の倉庫機能をもたすようなものだな」


 知らないよ。しかし、異界ってすごい。あんなにいっぱいあったモノが一瞬にして消えてしまった。


 私は恐らく乗っていいようにと身を低くしている銀色の毛並みの犬によじ上る。

 胴の高さだけでも私の身長ぐらいあるから、毛を掴んで登るしかなかった。


 私が背中の上にまたがって座ると、ゆらりと巨体が動いた。


「うわぁ」


 立った高さは思っていた以上に高い。怖いなっと思っていると、銀色の犬は駆け出した。


 あれ? 思っていたよりも揺れない。もっと乗り心地が悪くて振り落とされると思っていたのに。


「フェンリルを従わせるって、魔人は怖ろしいな」


 背後から猫の声が聞こえ、振り向くと、猫のなのに、人のように犬の背に座っている。


「フェンリルって、大きな狼というので合っている?」

「お前にかかれば、大きな狼か。まぁ、間違ってはいねぇが、このフェンリルは『隠滅の平原』の主だ」


 はっ! 今、ここの場所っぽい名前が出てきた!


「何の平原って?」

「『隠滅の平原』だ。この平原に降り立つと骨までも無くなるっていう意味だ」


 ……これは私の前に生き物が姿を現さないという意味……ではないよね。確認はしておこう。


「それは生き物を見かけない平原という意味かな?」

「馬鹿か。ここに生息する魔物が強すぎて敵わないという意味だ」


 くっ! その魔物たちが私のことを避けるほど、私は強すぎるってことなんだね。自覚は全くないけど……。


 ということは、普通に話しかけてくれる猫の存在は私にとって、とても貴重な存在とも言える。

 元の世界に帰るには、どうしても猫の知識は必要なのでは? そう! 一番の問題の言葉の壁!


 なりふりはかまっていられないと、私は大事にとっておいた例の物をリュックから取り出す。


「これは私の最後の食料なの。異界の食べ物は貴重だと思う。だから、これを対価に、私にこの世界のことを教えて欲しい。そして、元の帰る手段を探したい」

「いや、魔人が居なくなったという話は聞いたことがないと言ったよな。まぁ、この世界の常識ぐらいなら教えてやってもいいぞ」


 そう言って、猫は私の手から、ビニールの袋に包まれたビーフジャーキを取っていった。


あっ! 猫用じゃないから、塩や香辛料がいっぱい入っている。いや、正確には、異界のケットシーっていう猫だから大丈夫?


 こんなの塩っ辛くて食べられるか! と文句を言われたら謝ることにしよう。異界の猫は何を好むかわからないからね。


_________


小話

灰色猫さん。兄弟が多いので面倒見はいいです。頼られて悪い気がしないので、安請け合いをしてしまいました。

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