滅ぼされた村

黒澤カヌレ

滅ぼされた村

 可愛らしい人形が落ちていた。

 赤いドレスを着て、長い金髪を持った女の子。頭には赤いリボンをつけている。


 わたしは人形を拾い上げ、服についた土を払ってあげる。


安奈あんなちゃん、どうしたの?」

「ちょっと、人形が落ちてたから」

 そう言って、美沙みさちゃんにも見せてあげる。


喜美子きみこお姉ちゃんが、こういう人形が大好きだったから。なんだか放っておけなかったの。お姉ちゃん、自分でミニチュアの村なんかを作ってよく人形を遊ばせてたから」


「そうなんだ」と美沙ちゃんは微笑んでくれる。

 そう言って、すぐに屈めた体を戻そうとする。


「あ。待って、美沙ちゃん」

「なあに?」

「うん。もうちょっと、この人形を見て欲しくて」


 取り繕うようにそう言って、手の平サイズの人形を見せた。


 危なかった、とわたしはチラリと空を見る。

 危うく、美沙ちゃんが上を見てしまうところだった。





「どうにか、四人集まれたな」

 孝四郎こうしろうくんが言い、薄暗い村の中を見回す。


「さすがにもう、大丈夫なんだよな」

 薪に火をつけ、信介しんすけくんも相槌を打つ。


「そうね。あれから何年経ったんだろう」

 美沙ちゃんが言い、孝四郎くんが首をかしげる。


「十四年なんじゃないか? 今の俺たちは、ちょうど『あの頃』と同じ年齢のはずだ」

「そうだな。だから、こうして集まったんだ」

 信介くんが同意し、わたしも深く頷いてみせる。


「じゃあ。改めて、四人で情報を出し合おう」

 孝四郎くんが音頭を取り、みんなでまた頷く。


「この村がどうして全滅したのか。原因を解明しよう」





 一晩の内に、この村の人間は一人残らず死亡した。


「しかし、噂には聞いてたけど本当にあるもんなんだな」

 孝四郎くんが頰を緩める。


「まさか『生まれ変わり』が本当にあるとは。おかげで、また四人で村に戻れた」

「本当に、不思議だよね」美沙ちゃんが言う。


 わたしたちは全員、『あの夜』に死んでいる。

 でも、現在はこうしてちゃんと喋ることも動くこともできるようになっている。


 これは『生まれ変わり』なのだ、と孝四郎くんは笑っていた。

 一度肉体が滅んでも、すぐに別の形で生まれ直す。そして、生前の記憶も持っている。


 だから今夜のように、『同じ村で死んだ四人』が、こうして集まることが出来ている。


 年齢も以前と同じ。性別も一緒だった。

 更に言えば、顔もみんな同じに見える。


 背が高くてハンサムな孝四郎くん。少し丸顔で筋肉質な信介くん。お洒落でフワフワとした髪が特徴的な美沙ちゃん。

 そして、背丈が小さくて子供っぽいわたし。


 不思議な話だけれど、みんなはそれで納得している。


「じゃあ、改めて別の『噂』を検証しようか」

 落ち着いたところで、孝四郎くんが本題に切り替える。


「一晩で滅んでしまった村の話。そういうの、世間でも怪談みたいにされてるみたいだよな。今から改めて、情報を出し合おう。あの晩、みんなは何を見たのか」


 わたしたちの村に起こった出来事。

 わたしたちが死んだ後、その事件は『噂』として広まっているらしい。


 少なくとも、孝四郎くんの中ではそういう認識になっているようだ。


「まずは俺から話そうか。あの時、何があったのか」

 無言で全員が頷いて、孝四郎くんは数秒両目を閉じる。


「俺は、あの晩に確かに見たと思う」

 ゆっくりと目蓋を開き、彼が話し始める。


「あの日、俺たちは『真っ黒い化け物』に襲われたんだ」





 最初に、人が倒れる物音を聞いた。

 時刻は夜の八時くらいだった。窓の外の辺りで重々しい音がした。


「なんだ?」と父が様子を見に行き、その先でまた物音がした。

「父さん?」と俺もすぐに扉を開いてみた。


 外は暗く、別の民家の窓からわずかな光が漏れるだけだった。


「父さん」ともう一度呼び、外へと踏み出した。


 そこで、倒れている人影を目にした。


 間違いなく、父だとわかった。呼びかけても身じろぎ一つせず、俺は慌てて駆け寄った。

 息をしていない、と数秒後に事実を把握した。


「ねえ」

 必死に父を起こそうとする途中、背後から声をかけられた。


 振り返ってみると、黒い人影が立っていた。

 闇の中のため、姿ははっきり見えない。


「ねえ。ワタシのこと、スキ?」

 ただ呆然と、立ち尽くすことしかできなかった。


 そうする間に影が近づき、真っすぐに手を伸ばす。


 その手が触れた瞬間に、意識が途切れた。





「俺が記憶できてるのはそこまでだ。とにかく『そいつ』に触れられたことで、あの夜に俺は死んだんだと思う。多分父さんや他の人も、あいつにやられたんだ」

 孝四郎くんが証言を終え、大きく深呼吸をする。


「それなら、私も似たようなものを見た。外で悲鳴が聞こえたから、お母さんと一緒に様子を見に行ったの。その先で、やっぱり変な人影を見た」

 美沙ちゃんが声を発し、続けて証言を始めた。





 先を進んでいた母が、突然歩みを止めた。


「ねえ、ワタシのこと、スキ?」

 黒い人影に問われ、母は反応できずにいた。影はすぐに動き出し、母の体に手を触れる。


 そして、母は絶命した。


 影の目は、続けて私に向けられた。

「ねえ、ワタシのこと、スキ?」


 わずかな光に照らされて、女性のような輪郭が見える。

 長い黒髪を持ち、ボロボロになった黒い衣服を身にまとっている。

 顔はよく見えなかったが、大きな赤い目が二つ輝いているのが見えた。


「ねえ、ワタシのこと、スキ?」

 もう一度、その『何か』は問いを発した。


「うん。好き。好きだよ」

 そう答えなければ、大変な目に遭うと思った。


 人影は首をわずかに曲げ、じっと私の顔を見る。


「じゃあ、イッショがいいね」

 そう口にすると、私の体へと手を伸ばした。





「多分、その答えは間違ってたんだと思う。『好き』と言ったらいけなかった」

 美沙ちゃんが証言を終え、他のみんなが神妙に頷く。


「でも、それなら俺も遭遇した。美沙と同じように、そいつに質問された」

 信介くんが口を開き、ゆっくりと首を振る。


「戸を叩く音がしたから、俺は外を覗いてみた。その時に黒い髪の女が立ってて、真っ赤な目でじっと俺を見てたんだ」

 声を低くし、彼が証言を始める。


「そして、俺も聞かれた。『ねえ、ワタシのこと、スキ?』って。薄気味悪かったから、俺はすぐに『嫌いだ』って答えた」

 話しながら息が途切れる。


「そいつはそこで、『じゃあ、ゆるさない』って口にして、俺の体に手を触れたんだ」

 胸を押さえ、信介くんが結末を話す。


「結局はどっちもダメだったってわけか」

「じゃあ、どう答えれば良かったんだろう」

 孝四郎くんと美沙ちゃんが疑問を訴え、「どうだか」と信介くんが首を振る。


「安奈ちゃんは、どうだったの?」


「わたしも、みんなと大体同じ。真っ黒な髪の毛を持った女の人がいて、『ねえ、ワタシのこと、スキ?』って問いかけられた」


「それで、どう答えたの?」


「わたしは、答えられなかった。『あなたは、誰?』って逆に聞き返して、それでその人も、『ワタシは、ダレ?』って、しばらく不思議そうにしてた」


「それで、どうなった?」孝四郎くんが聞く。


「少しして、わたしも手を触れられた。それが最後だった」


 溜め息の音がする。


「助かる方法はわからないのか。また、あいつが現れた時にはどうすればいいのか」

 孝四郎くんが不安を訴え、美沙ちゃんが肩に手を触れる。


「実を言うとさ、俺、たまに声が聞こえる気がするんだよ」


「私も。どこからか知らないけど、『ねえ、ワタシのこと、スキ?』って」


「みんなもか。実は俺もなんだ。だから、今日はここを調べようと思った」

 三人がそれぞれ、蒼ざめた表情を浮かべる。


「結局、あいつは一体なんだったんだ」

 孝四郎くんが声に出し、みんなは顔を俯かせた。





 良かった、と空の方を仰ぎ見る。

 焚火があって良かった。火が揺らめいていたおかげで、みんなの目がそっちへ向いた。


 三人は付近を調査しに行き、わたしだけが焚火の前で留守番をしている。


「やっぱり、無理だよね。言えるわけがない」

 一人で呟き、わたしは首を振る。


 美沙ちゃんたちに対して、聞けなかったことがある。


『三人とも、今はどんな人生を送っているの?』と。


 その質問に、答えられる人はいただろうか。

 現在の名前は何と言って、どこに住んでいて、お父さんやお母さんはいるのかと。


 それを聞いてしまったら、みんなはどんな顔をしただろう。





 覚えているのは、苦しそうな表情だった。

 人形遊びが大好きだった喜美子お姉ちゃん。そのお姉ちゃんが死んでいた。胸を押さえて、とても苦しそうな顔をしていた。


 タイミングを見れば、他の可能性は考えられない。

 あの『何か』が現れたのは、その晩のことだったから。


 そして、『あの夜』は今も終わっていない。


 みんなには言えなかったけれど、殺される直前にわたしは確かに聞いた。


『あなたとは、ずっといっしょ』と。


 そう告げられ、体に手を触れられた。


 そんな死に方をしたわたしたちが、生まれ変わって自由になれたはずがない。

 理屈なんてわからない。でも、あの黒い何かがみんなを襲い、『どこか』へ連れて行った。


 息を呑み、わたしはゆっくりと空を仰ぎ見る。


 喜美子お姉ちゃんは、ミニチュアの村を見るのが大好きだった。完成した村の中に人形を置いて、いつもニコニコと覗き込んでいた。


 空に、真っ赤な二つの目が輝いている。

 大きな顔がじっとわたしの姿を見下ろす。はっきりと視線が合った。


「ねえ、ワタシのこと、スキ?」


 これはこれで、幸せなのかもしれない。

 大好きだった美沙ちゃんや、憧れていた孝四郎くん。優しい信介くん。

 そして、お姉ちゃん。


 大切なみんなと、一緒にいられるんだから。


 そう思わなければ、心が壊れてしまう。


「うん、大好きだよ。お姉ちゃん」

 空から覗き込む顔に向けて、わたしは必死に笑いかけた。

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滅ぼされた村 黒澤カヌレ @kurocannele

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