第40話 アベンシャール国の第三王子
「ああ、君はえっと、ジャドールといったね。まさか来てくれるとは思わなかったよ」
わざとらしくアベンシャールの第三王子は大げさな身振り手振りで近づいてきた。
口角がピクピクしているため、笑い出したいのをこらえているようにも見える。
「どうしてあなたがここに?」
「指揮をとる者がいないと困るだろう。わたしもこの目で現状を知っておかないといけなかったしね、ジャドール」
「そうですか」
だからって、一国の王子が簡単にこんなところに現れていいものなのか。
まわりの騎士たちもヒヤヒヤした様子でこの場を見守っている。
「足の不調はどうだい? ジャドール」
「いちいち名前で呼ばなくて結構です」
「これでも心配していたんだよ」
「おかげさまで、もう何ともありません」
最後にお会いしたのは、俺が城を離れる前日だ。この人だけはゲラゲラ笑ってそのときもからかいに来ていたことを思い出した。
「おっと、失礼。久しぶりだね。フローラ」
突然完璧に表情を整え、俺の後ろに佇む彼女に声をかけた。
「ユリシスだ。覚えているかな」
「……は、はい」
あろうことか、彼女は頬を染め、その存在に圧倒されていた。
五人いる王子の中でもっともおちゃらけていて、それでも人当たりの良さと頭の回転の速さから人気があったのがこの第三王子だったが、彼女まで毒牙にかけられたというのか。
「きれいになったね。わたしが留学に行く前はとても小さい女の子だったのに。女の子の成長は早く、そして恐ろしいものだ」
「そ、そんな……」
真っ赤になった頬を両手で覆い、なんとなく口元を綻ばせた彼女の様子にまた別の意味で顔が引きつりそうになる。
「フローラ、つらいことはないかい? 何度も手紙に書いた通り、君はもう十分反省した。王宮に戻ってきていいんだよ」
何度も……?
手紙……だと……?
馴れ馴れしくフローラフローラと呼ぶなと言いたいところだが、一国の王子相手にそんなこと言えるはずもなく、必死に理性を保つ。
「君は悪くない。話はすべて聞いている。すべては、うちの愚弟が一番悪いんだから」
優しい笑顔を浮かべていたが、声は鋭いものだった。
彼女が王宮を去ることがきまったとき、第三王子は短期留学をしていたため、王宮を離れていた。
俺が騎士としてのがむしゃらに訓練に明け暮れている中、一番彼女の処遇について異議を唱えていたのは彼だったと聞く。
「両親の不当な判断と愚弟の非礼を心からお詫びしたい。つらい思いをさせて申し訳なかった」
「そっ、そんな、やめてください!」
そのまま深く頭を下げる第三王子に慌てる彼女。俺は、声さえ出なかった。
「いつも気にかけてくださって本当に感謝しています。で、でも、わたし……本当に大丈夫なんです。楽しくやっています」
「見境のない騎士に振り回されていると聞いているから心配していたんだ」
向けられた視線は痛い。
「い、いえ……そんなことは……」
「なにより、君を危険だとわかっているこの場所に連れてきた気がしれないよ」
第三王子の言い分は最もだった。
彼は怒っている。
その様子は痛いほどよくわかった。
彼女が大切ならばなんとしても説得をして、安全な場所で待っていてもらうべきだった。今更になって後悔が生まれる。
「この騎士を守るのはわたしの役目です」
「えっ?」
俺の心の声と第三王子の声が重なるのは同タイミングだった。
「彼自身に危険が及ぶ任務に出る必要があるのなら、わたしもついていく必要があります。ジャドールのおかげで毎日は楽しくなりました。わたしに返せるのはこのくらいしかありません」
「……それは頼もしい」
ほんの少し間を置き、大きく瞳を見開いた第三王子だったが、次の瞬間、こらえきれなくなったと言わんばかりにぷっと吹き出した。
「とても愛らしいナイトだ」
大切にしてやれよ、と言葉を残し、こちらに背を向ける第三王子にただ見送るしかできなかった。
わかっている。
わかっているけど、何もできていない自分自身がたまらなく悔しかった。
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