第13話 夏の午後のお話
「今日もありがとう!」
そう言って手を挙げるとふよふよとその生き物は近づいてくる。
「触っても怒らないですよ」
触れられる距離にやってきたところで彼女に告げると、彼女はおずおずと、それでも白い手をそっと伸ばす。
いつも俺が豪快に撫でていて、それにしか慣れていないのだろう。
生き物も驚いたようにさらに大きくクククッと鳴き、彼女の手をフワフワの羽で隠す。
いきなり包みこまれた彼女もきゃっ!と最初は驚いたようだったけど次は両手を添え、そのまま顔を埋めるように距離を縮めていた。
「生き物がお好きなのですか?」
声を掛けるとビクッとして、彼女は恐る恐る生き物から手を離す。
未だに俺には警戒を解く様子はない。
「あ、すみません……お好きならまたいずれご紹介したいものたちがいっぱいいて……」
今では友好的になり、朝のトレーニング仲間になった橋の向こうの動物たちだ。
結界を解かない限り彼らには会えないけど、それでも近いうちに彼女にも紹介したいと思っていた。
あの生き物たちもかなり警戒していたようだけど、ここにはこんなにも可愛い人が住んでいるのだとわかったら最初からもっと穏やかやに現れたに違いない。
「では、荷物を下ろしますね。ちょっと風が吹きますから気をつけてくださいね」
彼女は再び手を伸ばす様子がなかったため、一言忠告し、「下ろしてくれ」とふよふよ浮かぶ生き物に合図を送る。
いつもどおり、ボフン!という音を立てて風船がしぼむように生き物も小さくなっていく。
ふわっと風があたりを揺らすため、彼女を背に庇うようにして荷物が現れるのを待つ。
突然吹いた突風に長い長い髪が靡く。
驚いた様子の彼女はいつもよりも自分の肌が空気に触れていることに気づいていない。
息をのむのがわかる。
こうやって年相応の表情を見せてくれるのは嬉しかった。
「これらがいつも王宮から送られてくるものです」
目が合って怖がられる前に告げる。
「魔女様も欲しいものがあれば言ってくださいね。ここに届くのにどのくらいの日数がかかっているかはわからないんですが、生活できるものは揃っていると思います」
野菜の数々と果物。
夏の衣服なども含まれていた。
そして生活用品もろもろ。
「それにしても、ここはあまり夏らしくないですね」
夏物の衣服を手にしてふと思う。
春は花が咲いていた記憶があるが、今は照りつける日差しがないせいか、そこまで暑いと思わず、今まで経験していた夏の訪れを実感できていないのが正直なところだった。
「あの雲が晴れたら何か変わるんですかね?」
暑すぎるのも困るため、程よい気候ならそれでいいけど、などと思っていると彼女も同じように空を見上げるのが目に入った。
「あっ……あの……」
「クククククッ」
彼女に声をかけようとしたとき、身軽になった生き物は得意げに彼女の周りをふよふよ舞った。
「あっ……」
彼女も頬を染めて嬉しそうに瞳を細めたため、微笑ましいやら悔しいやらで複雑な気持ちになりながらも見守ることを決めた。
ふよふよと、遠慮なしに彼女にまとわりつく生き物。
見ていたら、なんでお前だけ……と言ってしまいそうだったため、彼女に断りを入れて荷物を室内に運んでいく。
「……か、かわいい」
何度目かに彼女のそばを通ったとき、小さな声が聞こえ、手に持っていた荷物を盛大に落としかけたのはここだけの話しである。
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