第30話 騎士の成長とふたりの変化
「ジャドール……」
ひょこっと顔を出し、愛らしい瞳を向けられたのも、冬の日のお話。
「えっ……」
感情を操作されそうになったと思いきや、いきなり想いを伝えられて……引いたり押したり、どんな心理戦だとぎょっとさせれる。
運んでいた木箱を落としそうになった。
もちろん、彼女の気持ちに応えないわけにもいかないと「俺もです!」と木箱を放り投げて抱きしめようとするも全力で拒否をされ、そのワードが自身がかつて名乗った名前だと言うことを思い出す。
「す、裾が……」
「ああ……」
ただただ呼び止められただけであることを知り、いささかがっかりしたのは言うまでもない。
「そうなんですよね」
いつの間にか裾が短くなったズボンを眺め、苦笑する。
「短くなってしまったみたいで」
「背が伸びたんですね」
衣替えをした途端にこれだ。
「去年まではぴったりだったんですけどね。あなたがますます可愛らしく見えます」
言われてみて気づく。
彼女が小さく見えるのはそのせいか。
「し、失礼な! わたしも少しずつ成長しています!」
「とってもとっても可愛いのでこのサイズでいてください」
「か、からかわないでください!」
触れようとするとさっと避け、距離を取られる。
彼女もいろいろと学んだようだ。
「でも、そうですね……たしかに格好はつかないですね」
手を上げるとお腹も見えそうになる。
「何を着ても似合っていますけど、それだと風邪を引いちゃいますね。わたしは裁縫が得意でなくて……」
「………」
申し訳無さそうに背を伸ばし、棚の上からお道具箱を取り出すその姿を眺め、言葉を失う。
「ちょっと試してもいいですか?」
「な、なにを?」
「長さを出す魔術を見たことがありまして……」
「い、いいですけど、脱げばいいですか?」
驚いた事に、ここで新魔術を試そうというのか。
「えっ、あっ! いえ、こ、ここじゃなくて、その……別のものを履いてもらえますか?」
結局、彼女が挑戦した新しい魔術は失敗に終わり、俺のズボンは裾がこれでもかというくらい伸び切ってしまった。
ごめんなさいごめんなさいという彼女に、心ここにあらずの俺は、大丈夫だと繰り返し、気づいたことがある。
「今度街に行くときに新しいものを購入します」
彼女がモフモフと呼ぶあの生き物に頼んでも良かったが、これでまた一緒に街に出る口実ができる。
「ま、街ですか……」
「嫌ですか?」
複雑そうな表情を浮かべる彼女を覗き込む。
この表情に意外と彼女が弱いことを最近気づいてからは多用している。
「い、嫌では……」
言わんとすることはわかっている。
「ではまた、よろしくお願いします!」
「………」
あれから街に出るときは、恋人という設定で過ごすことにしている。
「あっ、あなたはくっつきすぎなんです!」
彼女はとても嫌がっているようだけど、背中の術式の発動もないため、今のところはまんざらでもないのだと信じている。
おかげで故意に近づいてくる人間も減ったし、周りの人からも怪しまれることもなく買い物をし、接してもらえることが増えた。
何より彼女をより一層堂々と大切にできるため、個人的にはとても微笑ましいことこの上なかった。
「ジャ、ジャドール?」
「はっ、はい!」
「また変なことを考えていますね?」
改めて考えると……彼女に名前を呼ばれたのは、初めてではないだろうか。
「そ、そんなことないですよ」
「絶対そうです」
訝しい表情を浮かべる彼女に、にやけるのを抑えるのが必死だったのはここだけの話だ。
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