第31話 買い出しの時は恋人気分で

「お兄さん、かっこいいね。採れたての野菜はどうだい?」


「そうだな。この玉ねぎとにんじんと……あとは、いや、今はそれでいいかな。三つずつお願いします」


 早くこれらも自家栽培できたらいいのにと願いつつ、指をさすとお店の主人は大げさな声を上げた。


「おっ! お兄さんが何か作るのかい?」


「ええ、今夜はポトフを作ろうかなぁと」


「ポトフ? 聞かない名前だけど洒落た響きだな」


「恋人が好きなんですよ」


 口にして思わず笑みが漏れる。


「いいねぇ、いいねぇ。お姉さん、あんた、幸せ者だな!」


「………」


「恋人は他にも……」


「も、もういいですから! 早く購入してください!」


 活気のある街中の昼下がり。


 恋人たち、もといそのふりをしている俺たちはひんやりと冷え込む空の旅を楽しみながらこの街までやってきていた。


 彼女と一緒なら寒さなど気にならないし、なんなら彼女が作ってくれた温石をポケットに入れているため驚くほど温かいくらいだ。


「こっ、恋人恋人とアピールしすぎです。あまり言い過ぎると逆に怪しいと何度も言っているのに……」


 しっかり握った手を振り払うことなく彼女は頬を染めて俯く。


 顔を隠せるようにと大きなレンズのついたメガネを付けているが、異様なほどにそれに触れるため動揺しているのがよくわかる。


「こうしてあなたと共に歩けることが嬉しいんですよ!」


「今日の目的はあなたの新しい衣服を見に来たんですからね」


 恋人ごっこをしてる隙はないんですと彼女は憤慨する。


「もちろんですよ。魔女様のときめくスタイルがあれば教えてくださいね〜 喜んでそれにしますから」


「わたしはそういうのに詳しくありません」


 彼女といればどこにいても大満足だったけど、新しい風に触れ、見慣れない景色を一緒に堪能できるのもたまには新鮮で良い。


 外を歩くと心なしか彼女も明るい表情を見せてくれるし、なにより堂々と恋人として彼女に接することができる。


「ここでは定期的に異国の劇団員たちによる舞台が見られるそうですよ! 春は観られたらいいですね〜」


 実のところ、俺も野外の舞台を目にするのは初めてだ。


「……こっ、この格好でも平気でしょうか」


「もちろんですよ。あなたならどんな格好でも素敵です。それに、多分野外で行われるかと思うので、気にせずとも大丈夫ですよ」


 真っ黒のローブを見下ろして困惑していて彼女に笑いかけると「それなら……」と安堵の表情を見せる。


 あまりに愛らしい表情だったため、メガネを外して改めて見せて欲しかったが、こんなにも微笑ましい1日をまた台無しにしまっては大変なので、口にはしない。


 通り過ぎるたびに女の子たちが振り返る。彼女に魅了されているのであろう。


 それに、いつもと違う視線も感じる。


「ジャドール……」


「はっ、はい!」


 不意打ちでの慣れないその呼び方は心臓によろしくない。


「やはりあなたはとても人気があるのですね」


「えっ?」


「みんな、あなたを見ています」


 意識はしていないのだろう。


 それでも握られた手にほんの少し力が込められたのがわかった。


「嫉妬、してくれるんですか?」


 そんなまさか、と彼女の顔を覗き込むと「そんな権利はわたしにはありません」と視線を逸らされる。


「いつもこんな暗いことばかり言って申し訳ないのですが、心配になります。あなたはいいんですか?」


「何が?」


「とても大切な時期なのに、わたしの相手なんてして……あなたならもっと……」


「もっと?」


「素敵な女性とこうしていられたはず」


 繋がれた手を見て、彼女は長いまつ毛を伏せる。


「選びたい放題で、可能性はきっと山ほどあるでしょうのに」


「選びたい放題、は心外ですね」


「うまい言葉が見つからなくて……」


 すみません、と言いつつも手を離さないということは、甘えてもいいのだろう。


「もともと王宮に仕える騎士なので、ずっとトレーニングに明け暮れるか遠征の毎日で、逆にこんな楽しい毎日はなかったと思いますよ」


 くいっと引き寄せると彼女との距離が近づく。


「見られているのが気になるのなら、もっと見せつけてやりましょうか」


「えっ……」


「あまりに仲の良いところを見せれば不躾に視線を向けてくることもなくなりますよ。もう少し触れてもいいですか?」


 視線を合わせると、彼女は飛び上がる。


「どっ、どうしてそうなるんですか!」


「あなたがあまりに可愛いからつい浮かれていますよ」


「あっ、あなたの可愛いの基準がわかりません!」


「あなたが基準です」


「なっ!」


 わかってほしい。


 この人以外に興味はないのだと。


「口づけがしたいです!」


「無理です!」


「即答は傷つきます」


「こ、こんなところで、ダメに決まっています!」


「家でならいいですか?」


「なっ、そんなわけ……」


 言い終わらないうちに彼女の頬に口づける。


「なっ!」


「今はこれで我慢します」


「!!!!!」


「信じてくれなかったらこうするって言いましたよね。次は遠慮しませんから」


 意地悪だってしたくもなる。


 俺だって、周りの男達の視線に気づいていないわけがない。



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