第17話 夜に闇に花を咲かそう
「わぁ、美しいですね」
水面で大輪の花を咲かせる水中花火を眺め、思わずため息が漏れた。
兄上が送ってくれたそれはとても発色が良く、いくつもいくつも交わった色合い豊かな花を描いていく。
もはや押し切る形で連れてきてしまった隣の彼女をちらりと眺めると、同じように息をのみ、その様子を眺める彼女の姿があった。
大きな瞳が様々な光を宿す。
「魔女様、手を握ってもよろしいですか?」
言い終わらないうちに、ぱっと後ろに両手を隠される。
想像通りの反応に笑ってしまいそうになるのをこらえ、「素敵なムードなのに」と加えてみると、タジタジと困ったようにこちらに目を向ける彼女にやっぱりにやついた口元はおさえられなかった。
あれから、彼女は少しずつ、本当に少しずつだけど心を開いてくれ始めた。
笑顔を見ることは難しそうだけど、こうしてあたあたとした顔を見ることはできる。
自分で言っておいてなんだが、非常に悪趣味である。
ほんの僅かでもいい。
彼女の表情をひとつずつ取り戻したかった。
『孫娘に何かしたら、そのときは……』
と、先日すぐさま届けられた文の中に、世にも恐ろしい言葉とともに綴られた王宮の魔女の言葉もあり、厳重に釘を刺されてしまったからには従うつもりである。
彼女の騎士から外されることになんてなったら、本末転倒もいいところだ。
「そろそろ終わってしまいそうですね」
徐々に花火の火が小さくなり始めた。
「また、送っていただけるよう兄上に頼みますね」
なんとなく淋しいものだなとふと思う。
一瞬一瞬が大切な彼女とのひとときも終わってしまうからか、今まではそんなこと一度だって思ったこともないのに不思議なものだ。
ぼんやり消えゆく水面の花を眺めていると視線を感じた気がして目線を上げると、驚いたことに彼女と目が合った。
彼女も気づいたのだろう、勢いよく顔を背けられる。
まぁもうここまできたら慣れっこだとその様子を見守っていると、真っ黒いローブのポケットに手を突っ込みゴソゴソと何かを探し始める。
引っ張るようにして出したのは手のひらサイズの巾着だった。
中には丸くて黒い玉がいくつか入っていて、彼女はそのうちのひとつを細い指先で取り出す。
音もなく行われたその動作を俺は静かに目で追う。
膝まづいた彼女はそのままその玉を湖に落とす。
「えっ……」
ぶわっ!と音がしたようだった。
玉をつけたあたりから虹色の光が舞台の幕を開けるように辺り一面へと広がっていく。
「えええっ!」
それはまるで夜空を彩るイルミネーションのようで……あまりの美しさに見惚れている俺の前に、彼女がちょこちょこと戻ってくる。
「魔女様……」
「これを使ってください」
「えっ?」
巾着をこちらに差し出す彼女に開いた口が塞がらない状態になっていた。
「見たければ、いつでもこれで見られます」
「ええ?」
そんなにずっと見たそうにしていたのだろうか。彼女の一言一句に集中する。
「あなたからは華やかな暮らしを奪ってしまいました。何もなければ王宮で美しい景色を見て過ごせていたでしょうのにここではそんな娯楽は何もなく、申し訳なく思っています」
驚きが、彼女の漏らした一言に世界を一変させられた。
「わたしにはこのくらいのことしかできませんが、美しい景色が見たいときに、よかったら使ってください」
色とりどりの輝きが流れるように光って彼女を照らす。
「一緒にいてくれればいいんです」
「えっ?」
「あなたが、一緒にいてくれれば俺の景色はいつも美しく輝いて見えていますから」
ああもう、と思いながらも小さな魔女を抱き寄せていた。
「ちょっ、何を……」
「我慢してるんですから、可愛いことをするのはやめてください」
「なっ!」
ジタバタする姿ですら愛らしい。
「あなたが可愛すぎて、この景色もゆっくり楽しめない」
「なっ、ななな……」
間違いなく王宮の魔女に消されるだろうなと思いつつ、彼女の温もりを確かめる。
「俺は、とても満足していますよ」
ありがとう、と伝えるも一気に動転してしまったらしい彼女の耳に正確に届いたかは定かではない。
必死に理性を保ちながら紳士的な振る舞いを続けたにも関わらず、翌日なぜわかったのか王宮の魔女様からのお叱りを受けたのは言うまでもない。
この世で一番忍耐力の強いのは自分だと自負したくらいだったのに。
「あんなに愛らしいのが悪いです」
反論してまた怒られることになりそうだが、これからの毎日も俺は少しずつ自分の理性と戦う日々が増えていくのであった。
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