十五歳 冬
第27話 囚われの騎士と満月の黒猫
「あの子に何かしたらただじゃおかないからな」
黒猫が今にも飛びかかってきそうな勢いでシャーッと鋭い牙を見せる。
不気味なことに、この黒猫の影は猫のものではなく人のもので、声も闇のように低い声だ。しかしながら、
「穏やかじゃないですね。好きな人に好きと伝えて何が悪いのですか」
その状態を知ってからはこちらも怯むことはない。
「先に言っておきますが、彼女は俺が幸せにします」
「ふざけてるのか!」
「ふざけてたらこんなところにいませんよ」
このやりとりも満月の夜の日課となった。
「申し訳ないと思っています。もちろん、あなたにもちゃんとお許しをいただきたい」
「許すわけがないだろう、小僧が!」
口の悪い猫は今にも噛みついてきそうだ。
「あんなにも可愛い人を前に、毎日毎日忍耐力が試されているんです。しっかり自制心を保っていて、むしろ褒めていただきたいくらいですよ」
「ババアの術式を背負ってもなおそんな気持ちの悪いことを言っているのはおまえくらいだ。反吐が出る」
「一途だと言っていただきたい」
彼女の言うババアとは、王宮に住む魔女のことだ。
最強の魔女と言われるお方で、この人はその魔女に育てられたはずだ。
それだけに、もちろん俺に施された術式の効果も何もかもよくわかっているのだろう。
話は早い。
「安心してください。あなたが心配するように、術式が施されている限りは気の迷いは起きませんよ。今のところは。毎日毎日、あんなにも愛らしく誘惑されて、だんだん脳内も麻痺し始めてきていますけど」
彼女が嫌がることはしない。
願うことなら、嫌なことでなくなればいいのだとも思っている。
「気色悪い!」
吐き捨てるように罵る黒猫はあまりの言いようだが、俺自身も自覚はしているため否定はしない。
思春期真っ盛りのお年頃だということで、同世代の異性を相手に変な気を起こさないよう何度も何度も脅しはかけられたし、しっかりかけたられ術式も問題なく効いているはずだ。それでも、
「困らせてでも言葉にしないといけない事情もあるんですよ」
この黒猫にはわかるまい。
あの日から、毎日毎日寝る前に彼女がお茶を淹れてくれるようになった。
自分もなにかしたいと健気なことを言うのだ。
その気遣いは有り難くて嬉しくて、言葉にできないほどだ。
どうにかならないかと思っているのは、それにはいつも何が入っていることだ。
なにか、良からぬものだ。
薄々気づいている。
彼女への好意を奪われそうになるのだ。
『好きだ』
お茶を飲み干したらすぐに笑顔を作ってそう伝えるようにしている。
泣きそうな顔でこちらを伺っている彼女にそう伝え続けると、徐々に洗脳されかけた脳内が元の思考回路を取り戻してくれる。
ぼんやりしているときは特に何度も何度も繰り返すようにしている。
効き目が強すぎるときは自分でも何を言っているのかわからなくなることもあるが、呪文のように自然と口にできるよう習慣づけていった。
そうでもしないと徐々に強力になっていく彼女の力に抗えなくなる。
『そんな可愛い顔しないでください』
俺を操ろうとするくせに、複雑そうな表情を浮かべる彼女に俺は笑いかける。
つらそうに瞳を伏せるのだ。
「くそっ!」
吐き出された言葉は夜の闇に消える。
「面倒な男にひかかったもんだな」
黒猫もいつの間にか姿を消し、妖艶な姿の美女が腕組みをしてこちらを見ていた。
「彼女が本気でしかけてくるまでは、こちらも引く気はありませんよ」
この人のように、堂々とした様子で術をかけてくるのなら従うしかないと思ってはいる。
「迷いがあるうちは引きません」
美しいその姿は、彼女を思い出させる。
「すみません」
何が、とは言わない。
言ったらきっとまた喉が潰れそうにむせることになるだろう。
彼女も深くは追求してこない。
舌打ちをして、漆黒の闇に姿を消していく。
誰もいない夜道に向かって、俺は頭を下げ続けた。
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