十五歳 夏
第11話 挨拶は五度目のあとに
「魔女様! 魔女様、朝です! おはようございます!」
五回目になる朝の挨拶を済ませ、すうっと息を吸う。
「それでは、失礼しま……」
言い終わる前に、バンっと勢いよく扉が開き、前か後ろかわからない長い長い髪の毛を振り乱した彼女が飛び出してくる。
「魔女様、おはようございます」
視線を合わせようと腰を折るも、弾かれたように反応した彼女はさっと俺の脇を通り、奥の部屋へと駆けていく。
慌てて起きたのか布団は乱れていてカーテンも中途半端に開かれている。
入ります、とだけ小さく告げ、いつものように室内を整え、彼女が朝の準備を終えておずおずとやってくるのを朝食を並べて待つ。
ルールを作った。
朝の挨拶を五回しても彼女が出てこない場合は起こすことを目的にそのまま入室させてもらうということ。
暗い室内では気持ちが滅入ってしまうだろうから、朝目覚めたらカーテンを開けること。
まぁ、開けたところで灰色の世界が永遠と広がっているだけなのだけど、何もしないよりはいい。
強行突破を行い、実行を続けていたらしぶしぶながら彼女も従ってくれるようになった。
季節が変わり始めたころには自ら出てきてくれるようにもなった。
こんな扱いをして、絶対に祖母である伝説の魔女にバレたら殺されるだほうなと思いながらも、少しずつ変化を見せてくれるようになった彼女の様子が嬉しかった。
「魔女様、改めましておはようございます」
ぐっとスカートの裾を握りしめ、現れた彼女は朝の準備を終えたのだろう。
自分の中で一番いい笑顔を作る。
「今日もいい朝ですね。お顔を見せてください」
触れようとすると、またさっとかわされて思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。
「朝ご飯です!」
どうぞ!と威張るほどのものではないけど、彼女が出てきてくれるようになってからはできるだけ多くの情報を集め、美味しいものが作れるように努力している。
ちょこんと椅子に腰掛けた彼女は小さく何かを呟いたあと、用意したパンにそっと手を伸ばす。
彼女はあまりたくさんは食べられない。
好きなものだけを食べてくれればいいと思う。
サラダの野菜をカラフルに盛り付けて彩ればちょっとはお洒落に見えるかと試みるも定期的に送られてくるのを待ち、使用する野菜は新鮮かと言われればそうではなく、直接この地で栽培することは可能かとこの頃試行錯誤を繰り返している。
一体何を目指しているのかと兄たちからは呆れられてしまいそうだけど、彼女にだけ無理な生活を強いるわけにはいかない。
ちょっとずつ野菜を口に運ぶ彼女に、
「美味しいですか?」
と尋ねると、こくりと頷いてくれる。
「あなたの好きなものがわかればもっとたくさん美味しいものを準備できますよ」
次は返答がない。
必要なことだけ聞ければいい。
彼女がどう思ってくれているかはわからないものの、それでも少しずつ、少しずつでも前進していればいいなと願いながら、今日も変化を感じられる朝のひとときをゆったりと堪能した。
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