第34話 呪われた森に住む魔女の想い人
俺のために自ら人の苦痛を背負って翌日に高熱を出した人がいる。
そんな人を好きにならないわけがない。
「二度と、二度とこんなことはやめてください」
「……ごめんなさい」
彼女は真っ赤になった頬を毛布で半分隠し、小さく呻く。
「いえ、俺のためだったのは知っています。本当にそれはとても感謝しています」
感謝はしても絶対に責めてはいけないと思いながらも、感情が伴わないため彼女にさらに悲しそうな顔をさせてしまうのだ。
「し、失敗をしてしまいました……祖母が、よくやってくれたから……わたしも、できると思って……」
潤んだ瞳を向けられると俺は自分を痛めつけたくなる。
「あの激痛がとてもつらかったのは事実なので、本当に感謝をしています。でも、俺はあなたが苦しむ方がもっともっとつらい」
「はい……」
「ごめんなさい、魔女様……」
氷水に浸したタオルで汗がにじんだおでこを拭うと彼女は気持ちよさそうに瞳を閉じた。
息が上がったその姿に、誰のせいでこうなったかと考えるだけで発狂しそうになる。
「好きです」
心の底からそう思う。
「大好きです」
彼女の荒い息が少しずつ収まった頃、寝息に変わる。
新しいタオルを水に浸し、彼女の額にあてる。
初めてみたときと違って、室内にはいくつか薬草の入った壺や小ビンが置かれていた。
言葉にはしなかったけど、彼女は王家に頼まれて薬を作っていることが増えたのだ。
何も置かれていなかった机にはノートや本が立てられていて、その一冊に目がいく。
彼女が購入したものだろうか。
物語のキャラクターのようだ。
表紙のイラストを見て、自分の頬が引きつったのがわかる。
「うう……んっ……」
「あっ!」
苦しそうな声が聞こえたため、慌てて彼女のもとへ戻る。
「早く良くなれ、良くなれ!」
彼女の頬に手を当て、彼女と同じように呟く。
もちろん何も効果はないのは知っている。
こんなことしかできないことが悲しい。
「早く良くなってください」
こんなとき、俺は無力だ。
「大切なあなたが苦しんでいるのに、何もできない俺をお許しください。魔女様……」
いつも、何もしてあげられない。
俺は彼女の前ではいつも無力だった。
「ま……フローラ……」
早く元気になってほしい。
愛おしい人。
「……ん……んん」
「あっ!」
彼女がうっすらと瞳を開けたため、驚いてしまった。
「もっと休んでいて大丈夫ですよ。何か飲み物を取ってきま……」
そう立ち上がりかけたとき、熱のこもった手に腕をつかまれた。
「えっ? ま……」
「ど……ど……して……ここに……」
「魔女様?」
「わたしのこと……きら……きらいだっ……て……」
覗き込んだ先で、彼女が大粒の涙をこぼしていた。
「なにを言ってるんですか! いつも言っていますよ。俺はあなたが好きなんだって……」
熱のせいか、意識が朦朧としてしまったのだろうか。
「俺はあなたが……」
「わたしも……すき……」
「え?」
「すきだった……のに……」
声が出なくなった。
「ずっと、ずっとずっと、おあい……したかった……」
時間が止まったとさえ思えた。
「もう……あえないと……ひくっ……あな……あなたに……ひくっ……ひどいことをしてしまったから……」
顔をグシャグシャにしながら泣き出した彼女に頭が真っ白になった。
「すき……だったのに……」
聞いてはいけない。
聞いてしまっては自分がダメになってしまう。
本能がそう告げていたのに、こんな彼女をひとりにできるわけもなく、ぐっと拳を握る。
「ごめん……な……さい……ごめ……なさ……い……」
かたく目を閉じ、口を開くと、
「あなたは悪くないです」
別人のような声が出た。
感情を押し殺すのが必至だった。
悪いのは、ただひとりだ。
ただひとりだ。
「ごめ……なさ……おう……じさま……」
悪いのは、その男だ。
「あなたは悪くない」
何度もそう繰り返し、頬に触れると彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
見たこともないような、花の咲いたような満面の笑みだった。
「お……うじ……さま……」
大きな瞳からはポロポロととめどなく涙があふれている。
「おあい……したかった……」
そうして、抱き寄せられたのだ。
「……なんで」
漏れた声は、彼女には届かなかったはずだ。
会いたかったと繰り返し、泣き続ける彼女を抱きしめ返すと、安堵したようにまた彼女は眠りに落ちていった。
思考回路が停止した。
真っ先に脳裏に浮かんだのは、本棚で嫌味なほど完璧な笑顔を作る王子様のイラストがこちらを向いて微笑んでいた姿だった。
耐えたことを、褒めてほしい。
暴れなかったことを褒めてほしい。
彼女の中にまだあの男がいるのだと、そう想像しただけで頭がおかしくなりそうだった。
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