一六歳 春
第36話 朝はおはようと口づけを
「魔女様、おはようございます」
明るい日差しの中、ついつい陽気な声が出てしまう。
「朝ですよ〜」
二度目の春を迎え、変わったことがいくつかある。
どんより曇りがちだった空に光が差し込むようになったこと。賑やかな小鳥たちがさえずりが聴こえるようになったこと。そして、
「お、おはようございます」
彼女との関係が良好になったこと。
こうして挨拶もしてくれるようになった。
「おはようございます、魔女様!! 今日も愛らしくてとっても素敵です!」
「もうっ、お世辞はいいです」
真っ赤になって俯く姿があまりにも可愛くて俺はいつものようにさらに追い討ちをかける。
「さぁ、おはようの口づけをしてください」
「なっ!」
ここのところ毎日このやり取りを繰り返しているというのに毎回良いリアクションをしてくれるところも彼女の良いところだ。
「失礼しま……」
「キャーーー! む、無理です! 無理です! 近すぎます!!」
両頬に手を添え、ゆっくりと距離を縮めると彼女は頬を染め、ジタバタし始める。
「ジャドールッ!」
「すぐに終わります」
「む、無理ですっ!」
「仕方がないですねぇ」
額に唇を押し当てると「ひっ!」と飛び上がり、潤んだ瞳でこちらを見上げてくるものだからたちが悪い。
「毎朝しているのに、早く慣れてくださいよ」
「な、慣れ……わ、わたしはもうすぐ十六になります。子供じゃないんです。おはようの、くっ、口づけは不要です!」
「大人の口づけなんてもっと許してくれないでしょう?」
「あっ、当たり前です!」
憤慨する彼女に笑みを浮かべ、そっと手を離す。おふざけはここまでだ。
近づけば逃げていくくせに、離れようとすると寂しそうな顔をする。厄介な人だ。
「寝込みを襲ったのは魔女様なのに」
「あっ、あれは……」
一度、目を覚ましたら彼女の唇が俺のものに触れる寸前だったことがある。
あれは、あの冬のことだ。
何が起こったのか理解ができなかったが、もったいないことをしたのは確かだ。
あとからあれは応急処置だったのだと何度も何度も喚いていたため、そうせざるを得なかったのだろう。
「あれから一度も触れにきてくれないし……」
でも、それからは俺たちの中での話題のひとつになった。
「いつでもいいんですよ。本当に」
「ご、誤解を招くような言い方はやめてください!」
ずっと一緒にいてくれた人とお別れをしたのだとぽつりと彼女が言ったのは、その翌日のことだった。
あの黒猫のことだろう。
わかってはいたが、知らないフリをして彼女の話に耳を傾けた。
詳しくは言えないけど、胸にぽっかり穴が空いたようで悲しいと彼女は上の空で珍しく俺に向かって弱音を吐いた。
「魔女様! 口づけには様々な効果があるんですよ。リラックス効果もあるし、健康にも良いんですよ!」
「そっ、そうですけど……」
そのため、俺が家族の代わりもします!ということで朝から盛大に彼女に接することを決めた。
彼女が寂しがる暇なんて与えるものか。
「まぁ、俺は下心しかないので刺激しすぎにだけ気をつけてくださいね」
「なっ! なな……」
そんなこんなで、これが朝の日課になったのは言うまでもない。
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