第19話 ふたりの絆をリボンで結ぼう

「魔女様、魔女様ぁ〜! おはようございます! 朝ですよ〜」


 変わらぬ朝がやってきて、日課になった挨拶をすると最近の彼女は一度で出てきてくれるようになった。


「魔女様、おはようございます!」


「お、おはようございます」


 なんなら挨拶も返してくれるようになった。


 後半徐々に小さくなる声と逃げるように洗面室へ駆けていくその後ろ姿があまりに愛らしく、目で追うだけで今日も最高の一日の予感がした。


 洗面室から準備の音が聞こえ始めると俺は慌てて持ち場に着き、フライパンで温めてあったベーコンと目玉焼きをパンに乗せ、チーズを乗せる。


 ミルクを注いで、盛り付けたサラダとトマトのスープの隣に並べたら完璧だ。


 彼女は何を出してもおいしいとしか言わないため、味はよくわからないけど、見栄えだけは随分よく作れるようになったと自分でも思っている。


 そして、彼女が戻ってくる頃、何食わぬ顔で改めて彼女を出迎える。


「今日はついにお出かけの日です! しっかり食べて栄養つけてくださいね」


 王宮に外出許可を提出してから早くも半年近く経つ。


 おかげで季節もあっという間に移ろい、目に見える景色も赤々としているのだ。


 今を逃したら来年になってしまう。


 ということで、粘りに粘り抜いた。


 まぁもちろん、なにかあったときは俺に罰則が与えられるというペナルティは絶対条件だった。


 いつまでも王宮に頼ってばかりではいられない。すべてがすべて、信頼できる人間とは限らないし、なにより自分たちの暮らしくらい自分たちでなんとかしたい。


 そう思って取り組んでいた家庭菜園計画も結局うまくいかないことばかりでお手上げ状態だった。


 それならば自分たちで調達しに行かせてくれと必死に懇願に懇願を重ねた。


「魔女様、髪に触れてもいいですか?」


 返答を待つ前に黒く長い髪に触れる。


 初めの頃は固まってしまった彼女も特に反論してくることもない。


 ただただ黙ってその場にいてくれる。


 返答がないのを同意とみなし、彼女の長い髪に銀色のリボンを巻く。


 顔を覆うように伸びた長い髪は視界を遮り、食事中も食べにくいのではないかと勝手ながらリボンを巻かせてもらったことがある。


 そのときは動揺していたものの、その日一日そのリボンをつけて生活をしていた彼女はまんざら嫌ではなかったように見えたため、それからは食事の前に彼女の髪の毛にリボンを巻くことも日課になった。


 もちろん、銀色のリボンである。


 リボンで結うと彼女の整った顔がよく見えた。


 彼女がもっと成長を遂げたとき、満月の夜に出会ったあの魔女のようになるのだろうかと思うと、末恐ろしくて慌てて頭を振った。


 ひと目見て、あの魔女は誰で、何のために俺の前に本当の姿をさらしたのか、考えなくてもわかった。


 明らかな警告だった。


 行動次第で俺なんて何とでもできると言わんばかりだった。


 恐ろしいほど妖艶で魅惑的で、そして今まで見たことがないくらい美しい人だった。


「?」


 いや、ここにもっと魅惑的な人がいた。


 どうかしたのかと無防備に見つめてくる様子がなんとも言えない。


「今日も可愛いです」


「なっ!」


 ただでさえ無自覚で危なっかしくて今でも愛らしすぎるのに、これ以上魅力的になられても困ってしまう。


 ふたりの魔女にいつか本気で命を狙われかねない恐怖を感じつつも、焼きたてのパンに顔を寄せ、かすかに瞳を細めた彼女にやっぱり目が奪われた。


 前言撤回。


 魔女たちが一気に襲ってきても、今の俺なら誰にも負けないとどこから来たのかわからない自信が満ちあふれていた。

 

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