第45回 炎泥棒「火取り魔」が通る

 妖怪にはどんなタイプがいるだろう。あっ、ここでいうタイプっていうのは、ポケモンでいう所の「ほのおタイプ」とか「みずタイプ」のことじゃなくて、形態・姿かたちのこと。


 たとえば「ぬらりひょん」や「雪女」のような人型、「不落不落」や「暮露暮露団」のような器物型、「かまいたち」や「猫又」のような獣型……。


 これらに並ぶくらいに種類の多いタイプが、おそらく火の玉型じゃないだろうか。各地で性質の異なる様々な火の玉があり、それぞれに個別の名前が付けられていて、実に100種類は超えると、講談社から出版された水木しげるの『妖怪ビジュアル大図鑑』には書かれている。


 そういえばまだ火の玉の妖怪は解説してなかったなーと思ったので、お話しよう。と言ってもいきなり火の「玉」ですらないんだけど……。



 火取ひと。現在の石川県加賀市(当時は石川県江沼郡えぬまぐん山中町やまなかまち)に現れたという妖怪……いや、怪現象と言った方が本来は正しいかもしれない。


 石川県加賀市にある山中温泉。そこの大聖寺川だいしょうじがわかかるこおろぎ橋付近に現れたとされる妖怪で、夜にそのあたりを提灯を灯して通ると、たちまち火が細くなっていき、通り過ぎると復活する……という妙な現象が起きたのだという。


 その土地の人たちは「火取り魔」という妖怪の仕業だ、と言って不思議がったというのだ。その正体は狐であるという。


 どうも正確には、うばふところ、と呼ばれる場所に現れたそうで、現在は存在しないそう。けれど実際に「姥ヶ懐うばがふところ」と呼ばれた場所があったようで、こおろぎ橋の西側にあたるようだ。


 柳田國男やなぎだくにおの『妖怪名彙ようかいめいい』にも載っているので、ちょっと読んでみよう。


ヒトリマ


火取魔といふ名はたゞ一つ、加賀山中温泉の例が本誌に報告せられたのみであるが(民間伝承三巻九号)、路傍に悪い狐が居て蝋燭の火を取るといふ類の話は諸処にある。


果してこの獣が蝋燭などを食ふものかどうか。或は怪物の力で提灯の火が一時細くなるといふ石川県のやうないひ伝へが、他にもあるのでないかどうか。確かめて見たい。


 読みやすくするために多少勝手に開業してあるのはご容赦願いたい!


 柳田國男が「本誌」と読んでいる『民間伝承』とは、現在の日本民俗学会、当時は民間伝承の会と呼ばれていた会が発行していた機関誌だ。


 その中でちょろっと報告があった、というのがこの「火取り魔」である。ということは、この報告しか「火取り魔」にまつわる話はなく、それ以上話の広げようが正直ない。


 柳田國男自身が「路傍に悪い狐が居て蝋燭の火を取るといふ類の話は諸処にある」書いているように、獣が火を奪うという話は全国にある。たとえば新潟県には「砂撒すなまいたち」という妖怪がいて、後ろ足で砂をかけてくるほか、蝋燭の火を奪ってしまう話がある。


 というように、「火取り魔」自身特有の特別な能力がある、というわけではない。ただそれでも「火取り魔」に強烈なインパクトを受けるのは、そのビジュアルだろう。


 もちろん、伝承が残っているだけで絵巻がある妖怪ではない。現在の「火取り魔」の姿を生み出したのは、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるその人である!


 まるで上半身が炎のように揺らめき、胴体は細く、それなのに足は着物を着た普通の人間の姿をした奇妙なデザインは、単純な火の玉型の妖怪と比べてもやはり異質で印象に残る。


 このデザイン自体は引用元が存在していて、江戸時代の作家、山東京伝さんとうきょうでんが書いた1808年の作品『うわなり仇討あだうちばなし』に描かれた二本足の幽霊が元になっている。


 この絵を描いたのは、江戸時代の浮世絵師である初代 歌川豊国うたがわとよくにで、「大江おおえの判官はんがんの妾婦おめかけの漁火いさりびの怨灵おんりょう」という題が付けられている。「灵」は「霊」と同じ意味だよ。


 ちょっとだけ『うわなり仇討あだうちばなし』について話すと、大江の判官には2人の側室がいて、「有明」という側室は若くて善い女性なのだけど、「漁火」という女性は悪女だった。「漁火」は有馬温泉にある地獄谷で鳥が死ぬのを見、その死の原因である毒を持ち帰って「有明」に飲ましてしまうのです。


 まあこの毒って炭酸ガスなんだけれど、それはまあ気にしないってことで……。


 とにもかくにも「漁火」は釜茹での刑にされる。その結果、二本足だけで身体は炎という奇怪な姿で祟りに来る……というもの。


 いや、毒盛っておいて処刑されたら祟るんかい! っていうのはいったん置いといて、この豊国が描いた「漁火の怨霊」がデザイン元となり、現在の「火取り魔」の姿が浸透している。


 当然両者に繋がりがあるわけではない。しいて言えば身体が炎であることと、場所が違うとはいえ温泉と関連性があること……くらいかな。もし水木しげるが、「火取り魔」が温泉街に出る妖怪だからと、これまた温泉と関わりがある幽霊の絵から引用したのなら、中々テクニカルなことをしてると思う。


 昔は電灯なんて無いから、夜道を歩くときは提灯の火が頼りだった。そんな火が奪われる、というのは非常に心細くなるし怖い。ゆえに、こういったある場所を通ると火が小さくなる、という現象対して、妖怪伝承が生まれたのではないか……というのが、水木しげるの見解である。


 名前も分かりやすいのもネームバリューが大きい要因だと思う。だって「火取り魔」よ。火を取る魔。これほどやることが分かりやすく、なおかつかっこよく感じる名前も中々ない。「魔」がやっぱり強い気がする。


 蝋燭の火が小さくなったり大きくなったりするのには、芯についた蝋が関係しているようで、なんでも蝋を多く纏っている部分になると、十分に芯が燃えずに火が小さくなるが、この蝋が溶けて芯がむき出しになってくると、段々と火が大きくなるのだという。


 これは仮説にすぎないのだけど、石川県加賀市の人たちが、夜道を行く際に提灯を付けて出歩くと、丁度こおろぎ橋は姥ヶ懐に来た辺りで蝋が多い部分に芯に到達して火が小さくなり、丁度そこから離れるタイミングで蝋が溶けるため、火が大きくなる……という時間差トリックの可能性がある(トリックか?)。


 実験してみたい気もするけど、石川県……そ、そんな時間とれるかなぁ……。



 そういえば、最近は提灯用の蝋燭型LEDなるものもあるらしく、燃えないし消えないし安全らしい。でもアニメ『ゲゲゲの鬼太郎(第5期)』では、電気まで吸い取ってたんだよなあ……。


 電気まで吸い取れたら、それはもうもはや、ほのお・でんきタイプになる気がする。そんなポケモンいるわけ……いや、たしかヒートロトムがそうだったような……。ヒート……火取ひーと……!?


※ヒートロトム:ポケットモンスターシリーズの第4世代「ダイヤモンド・パール」に登場したポケモン「ロトム」のフォルムの一つ。種別はプラズマポケモン。オーブントースターや電子レンジと融合することで、ヒートロトムというほのおを扱うフォルムになれる。




2024/12/20 初稿公開

2024/12/25 追記改訂

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