第8回 「がしゃどくろ」誕生のなぞ

 男の子っていうのは、必ずしも障害のうちに一度は、"巨大化"というものにあこがれる。多分きっとそうなはず。え? 自分は違うって? そう……。


 私も物心つく前から『ウルトラマン』が大好きで、人間から巨大なヒーローになったり、あるいは異星人があるときは人間大で、またあるときはビルより高い姿で現れて、今もなお心を奪い続けるのですよ。


 そして、妖怪の世界にも、どでかい存在っていうのは、そりゃもう数多く存在している。実は「怪獣」っていう言葉自体が、大本を辿れば、中国における妖怪や神様をまとめた書物『山海経せんがいきょう』にて初めて登場する言葉なので、怪獣も妖怪といえるのかもしれない。


 今回はそんな巨大な妖怪として、おそらく個人的に一般的知名度の高そうな、「がしゃどくろ」の解説をしよう!



 「がしゃどくろ」。今現在発刊されている妖怪図鑑の類には、戦で死んだり、野垂れ死んだ人たちが、そのまま放置されて埋葬されずにいると、その怨念が集まって一つの巨大な骸骨になる、と説明される妖怪だ。


 真夜中に、ガシャガシャと骨がきしむ音を立てて彷徨い、生きている人を見つけると、捕らえて食べてしまう……なんて記載もあったりする。怖い。


 漢字で「餓者髑髏」と書く場合もあるので、もしかしたらこのカッコいい感じの羅列で見たことある人もいるんじゃないだろうか?


 ではそんな「がしゃどくろ」、いったいどこの地域にて伝承があるのかというと……。


 ……伝承が……あるのかといいますとね……。


 ……。


 ……、ないんですねえ、これがねえ……。


 いやまあ、ルーツ的に言えば? 下総国しもうさのくに、つまりは今の茨城県南西部や千葉県北部のあたりにあるといえなくもないんですが……。


 と、もったいぶったところで正体を明かそう。「がしゃどくろ」という妖怪は、昭和中期ごろに誕生した、比較的新しい妖怪なのだ。


 なので伝承と言える伝承なんて存在しないし、「がしゃどくろ」と書かれた絵巻があるわけでもない。


「え? 待ってよ、巨大な骸骨の昔の絵を見たことあるぞ!」と思った人もいるかもしれない。その認識は、間違ってはいない。その絵こそが、「がしゃどくろ」のルーツなのだ。


 浮世絵師・歌川国芳うたがわくによしが描いた作品に、『相馬そうま古内裏ふるだいり』というものがある。左に巻物を持った女性、中央に刀を持った二人の武士、そして、絵の半分以上を占める巨大な骸骨が描かれた浮世絵だ。


 この浮世絵は、江戸時代の作家・山東京伝さんとうきょうでんが執筆した『善知安方忠義伝うとうやすかたちゅうぎでん』という作品内における一幕を描いたものだ。


 この『善知安方忠義伝』には、豪族で知られる平将門たいらのまさかどの遺児として、良門よしかど滝夜叉姫たきやしゃひめという二人が登場する。二人は父・将門の復讐を果たすために妖術を得て、源頼信(つまり源氏)に仕える武士の一人、大宅太郎光圀おおやたろうみつくにに立ち向かう為、無数の骸骨を召喚して戦うというシーンがある。


 歌川国芳はそのシーンを、ダイナミックに1体の巨大な骸骨として描いたのが、『相馬の古内裏』という絵だ。なんでも、平将門の父・平良将たいらのよしまさが下総国を領地としており、母・あがたの犬養いぬかいの春枝はるえのむすめの出身である相馬郡で育ったことから、将門自身が「相馬小次郎」と名乗っていたことがあったそうで、そこから由来して、「相馬の古内裏」が下総にあるらしい。あっ、古内裏っていうのは、今でいえば古い宮殿って感じの意味。


 「がしゃどくろ」という妖怪は、そんな歌川国芳の描いたこの絵を参考に、1960年代後半ごろに創作され、翌1970年代には多くの妖怪関連書籍でも登場するようになり、今に至る。


 自分は現物を読んだことないのでちょっと詳しくは分からないんだけれど、1968年に秋田書店から出版された、山内重昭やまうちしげあき氏著『世界怪奇スリラー全集2 世界のモンスター』という本に初めて登場していて、そこではただ、骸骨が直立で立っているだけのシンプルなイラストらしい。


 これが、水木しげる先生らが『相馬の古内裏』に描かれた巨大な骸骨を参考に新たに描き、「がしゃどくろ」の名前で紹介するようになって、そして今につながっているというわけだ。


 で、この「1960年代後半」というのが、冒頭の私のボヤキにつながる。


 1966年、お茶の間で初めて放送が開始され、令和になった現在においても子供たち、そして大人たちを熱狂させているある番組がある。『ウルトラマン』だ。


 正確には第1作目『ウルトラQ』が27話(当時未放送分もソフト化されて、現在は28話ある)放送され、その後第2作目『ウルトラマン』が全39話放送されることになる。


 1954年に劇場公開された『ゴジラ』をきっかけに怪獣ブームが生まれたが、まだまだ怪獣というのは映画の中だけの存在だった。それをテレビの中で、毎週のように見られるようになったのだから、当然人気になるのも頷けるだろう。


 「がしゃどくろ」は、そんな怪獣ブーム真っただ中に誕生した妖怪で、巨大な怪獣の存在にあやかって作られたんだろう、ということが感じる。



 この妖怪の凄いところは、


①山東京伝の『善知安方忠義伝』という本


から始まり、それをもとに


②歌川国芳の『相馬の古内裏』という浮世絵


が描かれ、無数の骸骨兵が巨大な骸骨へとアレンジされ、その後


③1955年の『ゴジラ』、1966年の『ウルトラマン』という特撮作品


によって怪獣ブームが到来し、これに便乗する形で


④山内重昭の『世界怪奇スリラー全集2 世界のモンスター』という書籍


にて初めて巨大な骸骨の妖怪「がしゃどくろ」の名が現れ、


⑤水木しげるによる妖怪画として、『相馬の古内裏』から着想を得た「がしゃどくろ」


が誕生しているのだ。


 これが本当にすごい。昭和中頃に初めて誕生した妖怪が、しっかり妖怪として世間に浸透している。このことがいかにすごいことか!


 第1回の「狂骨」で、妖怪はもっと自由に作られていい、なんて話をしたけれど、そういう意味では「がしゃどくろ」は素晴らしくその通りに生まれ、生きている。


 この「がしゃどくろ」誕生のおよそ10年後の1970年代後半には、あの都市伝説「口裂け女」の話が誕生するのだけど、たった10年しか違わないのに、「口裂け女」はまだ若干都市伝説の域から、世間的には抜け切れてないのかな……なんて感じる。


 おそらくはこれからあと何十年、何百年とすれば、いわゆる「洒落怖」と呼ばれるオカルト板で語られた創作怪談も、きっと『真正の妖怪』(なんかすっごい矛盾していている気がする言葉が生まれた!)として世間的に広まる時が来るのだろう!


 私は、そんな現代妖怪の祖として、勝手に「がしゃどくろ」を崇め奉りたい。



2024/9/19 初稿公開

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