第9回 元祖巨大娘?「七尋女房」

 世界は広い。対格差に関するフェティシズムのひとつに、巨大娘、あるいは海外名称としてジャイアンティス、というものがある。


 いわゆる、単なる長身女性を指すものではなく、それを超えた巨大さ……、身長が3m超えるとか、ビルを超えるとか、もはや惑星サイズであるとか……。そういう非現実的な対格差に萌え要素を見出すという、なんとも想像力たくましい限りだ。


 イラスト検索で行うなら、某ネット掲示板などで使われるような「巨女」という単語であったり、「巨大化」で調べると色々出てくる。


 こういうのは意外にも最近の概念ではない。それこそ各国の神話には巨大な女神が数多く存在するし、創作においては1699年から1715年にかけて執筆された児童文学の名作『ガリバー旅行記』の第二篇「ブロブディンナグ国渡航記」において、巨大な人間が住む王国、ブロブディンナグ国を訪れたガリバーが、その国の王妃に気に入られて、いろいろ好待遇を受ける(と本人は思ってるだけ)、という話がある。


 かなり昔から、そういう巨大な女性の概念、いや巨大な人間の概念は存在した。では、日本における巨大娘の元祖は一体なんだろうか? 一概にこれを言いきるのはおそらく難しいけど、個人的にこれなんじゃないか? というのを紹介しよう。



 七尋女房ななひろにょうぼう。古くは安土桃山時代からその伝承が存在するらしく、「七尋女ななひろおんな」や「七丈女ななたけおんな」、あるいは読みを変えて「七尋女房ななひろにょうば」なんて言われたりもする。


 主に山陰地方にその伝承が残されていて、名前の「七尋」とは大きさを表している。


 「尋」は、尺貫法で使われる長さの単位で、5~6尺の長さを1尋という。良く分かんないからメートル法に直すと、1尋は約1.8mで、七尋女房は全長約12.6mある巨大な女なのだ!


 ちなみに、単純に身長が約12.6mという話や、首だけで12.6mあるという話もあり、後者の場合はもう全長何mだ余って話になってくる。


 伝承としては、こんな話が残っているようだ。


 ある男が馬に乗って道中を行く中、不意に何者かに石を投げつけられた。男が刀を構え、その石が投げられた方向へと向かうと、そこにはなんと、背丈が七尋あろうかという巨大な女房がいた。七尋女房は不気味に笑うと満足したのか、川下へ洗濯しに行った。そのすきに、男が刀で斬りつけると、七尋女房は飛び上がってそのまま石になってしまった。


 という話だ。


 なんで石投げつけたねん、なんで笑とんねん、なんで選択したねん、なんで石になったねんなどなど、つっこみどころはいっぱいあるが、この「石」に関しては現物がある。もう一度言う、現物がある!


 島根県は隠岐諸島にある、隠岐郡海士町あまちょうの日ノ津にある山道に、七尋女房岩、あるいは女房ヶ岩とも呼ばれる奇岩がある。


 島根県市町村総合事務組合が運営する「しまねまちなび」では「七尋女房岩ななふろにょうばいわ」と書かれてあるので、現地方言ではそういうのかも。


 この岩、一見ただの岩に見えるのだが、刀でつけられたような真一文字の大きなへこみがあり、そして年々大きくなっているらしい。現在高さは約6m、幅約3m。


 こういう話は、たとえば「玉藻前たまものまえ」の「殺生石」のようなものもあるし、正体を見破られたり、攻撃を受けると石になってしまうのは、妖怪あるあるかもしれない。


 他にも、なんだか別の妖怪の話で聞いたことあるような話を持っている。たとえば現在の松江市に出た七尋女房は、お歯黒をむき出しにして笑いかけた、という話があり、安来やすぎ市に現れた七尋女房は非常に美人で、七尋もあるのは身にまとった衣であり、物乞いをしたという。


 さっき首が七尋ある説もある、と話したけど、他にも類話として、鳥取県において古い桜の下から、首が七尋もある女の妖怪が現れた、という話があり、七尋女と呼ばれたということ。


 なんでも「おみさ」という女性が、愛し合う男性がいたのだが、その男性には親が決めた許嫁がいて、叶わぬ恋であったため川に身投げしてしまった。その「おみさ」が妖怪となったのが鳥取の七尋女なのだが、洪水で住処にしていた淵(川の中の深みみたいなところ)が埋まってしまったので、這い上がって今度は樫木に姿を変えたという。


 これが、鳥取県が指定天然記念物にしている、七色樫なないろがしのことなのだとか。


 こうして書き連ねてみると、今のような萌え要素として巨大な女性を描くのはやはり減退特有なもののような気がしてくる。だって、出てくる話皆不気味じゃん。怖いじゃん。


 というのも、昔の人たちはとくに、恐怖感を感じるものを巨大なものとして描くことが多かった。またいつかの機会に解説するが、見上げるほどに巨大化していく妖怪の話が結構ある。「次第高しだいだか」、「見越みこ入道にゅうどう」、「のびあがり」などなど……。


 この巨大女、七尋女房に関しては、別にどんどん巨大化していくわけではないが、それでも突然巨大な人間が、笑いかけながら石を投げてきたら、そりゃ怖い。


 ところで、女房といっているわけだから、この妖怪は誰かの奥さんなのだろうか?


 辞書で「女房」を調べてみると、どうやら元々の語としては、宮廷や貴族の仕えた女性の使用人を指す言葉とのことで、それが現代では転訛し、結婚後の女性・正妻を表すようになったようだ。


 で、この言葉の意味を知ったうえで「七尋女房」という言葉を今一度見てみると、この妖怪の姿かたちが鮮明になってこないかい?


 12.6mはあろうかという巨大な、結構しっかりとした服を着た女性が現れるのだ。幽霊とはまた違った、一見高貴に見える見た目から感じる、得も言われぬ恐怖感がある。怖いというより、不気味に近いかもしれない。



 そういえば、さっきちらっと触れた玉藻前の殺生石は、2022年にぱっくりと割れたことが話題になった。


 そして、七尋女房岩は今も大きくなり続けている、という話がある。現在高さ約6m、話に登場する七尋女房まで、あと半分ほど。


 あと何年かかるかは分からないが、もし12.6m……七尋の大きさまでになった時、いったい何が起きるのだろうか……! ちょっとワクワクしてくるね。



2024/9/20 初稿公開

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