第10回 各駅停車「きさらぎ駅」行き

 みんなは出かけるときに何を使うだろうか。


 靴を履いて、己の足で行く人もいるだろう。自家用車やバイクで、ドライブやツーリングをして遠出するのもいいね。公共の乗り物を使うっていう人もいっぱいいるだろう。


 私はというと運転免許証を、少なくともこの文章を書いている現在においては持っていないし、自動車学校にすら通っていないので、もっぱら自転車やバス、電車が主な移動手段。


 これが結構面白い。いやもちろん、自動車やバイクを自分で運転して遠出する楽しみ方と比べると、一枚か二枚かは劣るかもしれないけれど、様々な地点で、移動手段を変えたり乗り換えたりして目的地まで行くことが、どことなくファストトラベルができない頃のオープンワールドのマップ埋めのような感じがして私は好きだ。


 まあ、サイコロを振って出た目の神社へ行く、なんていうことをしたことがあるので、その方法の辛さも十二分に分かる。あと、青春18きっぷを使って関東から関西へ行ったこともあるので、十二分どころじゃないくらいにわかる。


 それでもやっぱり、電車に乗っての旅、とくに路線電車なんかは趣があっていいなぁとおもうわけです。


 おっと、そろそろ次の駅に到着するっぽ……い?



 きさらぎ駅。インターネット掲示板「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」にて、実況形式で投稿された階段の舞台だ。


 そう、がっつりの創作だ。だいたいインターネット掲示板での怪談話は創作が多いが、とりわけ「きさらぎ駅」は世間的認知度が高いんじゃないんだろうか。


 まずはどんな内容なのかを軽ーく説明しておいたほうがいい気がするので、ざっくり説明する。


 最初の書き込み日時は2004年1月8日23時過ぎ。主人公は、「はすみ」という人物だ。もちろん最初にスレを立てたときは「名無し」だったが、内容が内容だけにコテハンとトリップ(※1)をつけるように言われて、「はすみ」と付けている。


(※1:コテハンとは固定ハンドルネームのこと。トリップとは書き込む人を個別に識別するための機能で、#の後に任意の文字列を入れることで付けることができる。)


 「はすみ」さんは、普段通勤で使っている電車が、普段なら7〜8分で着くのに20分も走りっぱなしで、一度も駅に停まらないと報告する。電車の乗り違えではないか、と言われ、ひとまず乗り続けていると、到着したのが「きさらぎ駅」というわけだ。


 本人曰く、新浜松駅から出発したと証言しているのだが、新浜松駅を通る路線にそのような駅は存在しない。


 「はすみ」さんはこの駅で降り、辺りを見回すがタクシーも公衆電話もない。スレッドの書き込みより、線路沿いを歩いたらどうか、と言われ、線路沿いを進むと「伊佐貫」という名前のトンネルが現れる。


 その中へと「はすみ」さんは入っていき、それ以降の書き込みが途絶える……、というのが、書き込みの全容だ。


 携帯電話はGPSがエラーを起こすし、他の機能も使えず、本人は23時14分に書き込みをしているが、『23時40分の電車に乗った』と証言しており、時間の流れが不自然になる、という特性も、このきさらぎ駅にはあるらしい。


 その後、行方知らずとなった「はすみ」さんは7年ぶりに書き込みをしたり、他の人も体験したという書き込みが出たりと、定期的に「きさらぎ駅」関連の話題が現れる。さらには漫画やアニメにも登場したり、ついには映画にもなった。すげえな……。


 ちなみに、その別の人の体験談では、ひと駅前が「やみ駅」、次の駅が「かたす駅」と表記されていたらしい。それなら「やみ駅」で一度停車しないのはどうなんだろう、なんて疑問もあるが、異世界路線は「やみ駅」を通過する準急、あるいは急行かもしれないよね。


 さて、ここからが本題だ!


 一回ネタバラシをしてしまうと、新浜松駅を通る路線・遠州鉄道はそもそも各駅停車で、各駅の感覚が短いため、5分も経たずに次の駅に着く。つまり、「長くても7~8分で本来次の駅に着く」という話の時点でおかしな話であり、単なる創作だとすぐに分かる。


 とはいえ、そもそもこれまで紹介してきた妖怪も半ば創作のようなものだから、「きさらぎ駅」が創作であること自体は別に大したことではない。ただ、そんな創作話がここまで世間的に認知度が高い有名な話になったのはなぜだろう。


 私は、舞台となっている「駅」という場所が、人々にとって「身近だから」ではないか、と思うのだ。例えばそう、「学校」と「トイレの花子さん」のような関係性だ。


 普段の時間であれば人がたくさんいる「学校」や「駅」という舞台が、夜中を機に人の気配はしない、なのに誰かいるような気配がする、妙な違和感を覚える空間へと変貌する様は、誰しも一度は体験したことがあるはず。


 そして、「電話がまともに使えなくなる」という、ある意味現代社会では最も起きてほしくない展開も、単純に怪物が現れるようなホラーではなく、不安をあおるホラーなのが一役買っている。


 いつか自分も体験する可能性があるんじゃないか、と思わせてくれる何か、この「きさらぎ駅」の物語にはある。実にありそうなホラー展開によって、状況が想像しやすく、怖いと思いやすいのだ。


 「はすみ」さんの話ではたまたま新浜松駅発の路線に乗っていた。けれどこれは別に、山手線でも京浜東北線でも福知山線でも大阪環状線でもどこが舞台でも問題はなく、むしろ最寄り駅で想像しやすいのが、余計に恐怖を誘うのだと思うのだ。


 さて、電車に乗っていたら別の場所にいた、という話は、実は昔からある。


 たとえば『ウルトラQ』の「あけてくれ!」という回に、理想郷世界に連れていく「異次元列車」というものが登場するし、『ウルトラマン80』第5話「まぼろしの街」では、バム星人という宇宙人が、人々を誘拐・洗脳して労働力にするために、終電のふりをして四次元世界へ連れ込む列車をつかい、乗り込んだ人を四次元世界に連れていく、という展開がある。


 他にも『ゲゲゲの鬼太郎』にも「ゆうれい電車」なるものが登場するし、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』では、主人公のジョバンニが乗った蒸気機関車の他の乗客の正体が死者であるなど、電車と怪異(霊)を織り交ぜた話は結構多い。


 そういえば話しておくのを忘れていたので今言うんだけど、「きさらぎ駅」という名前の由来は諸説ある。創作だから適当につけたんじゃないか、とも思うけど、実は「はすみ」さんの体験談内で出てくる新浜松駅を通る路線・遠州鉄道の駅のひとつには「さぎの宮駅」というのがあり、これが由来なんじゃないか、という話がある。実際に、『きさらぎ駅』という映画が公開された際、1日限定でさぎの宮駅を「きさらぎ駅」という名前にしたり、映画とのコラボで専用サイトを鉄道会社自身が公開するなど、意外に地域活性化に繋がってもいる。


 ほかにも、「きさらぎ」といえば二月を表す「如月」が思い浮かぶが、これは、「衣を更に着る」から「衣更着きさらぎ」に由来し、中国での二月の呼び方「如月にょげつ」にあてたもの。さらにそこから連想されて、二月に節分をするので、「鬼」と書いて「きさらぎ」と読む苗字があるらしい。


 なので「きさらぎ駅」も、漢字としては「きさらぎ駅」とするのでは、なんて話も、「はすみ」さんの体験談内の中で出てくる。鬼由来だとしたらまた別の話が膨らみそうで、これも面白い。


 この「きさらぎ駅」というのは、なのか、は、正直なところ定かではない。けれど、どこか人々の心をつかんで離さない魅力がやっぱりあるんだと思う。


 だいたいこういうネット発のホラー話は、最終的に正体が看破されたり、多少有耶無耶ながらも解決する場合が多いのだが、「きさらぎ駅」の場合は謎が謎を呼んで全く解決しない。


 「はすみ」さんも最初のスレでは失踪してしまうし、7年後に無事に帰ってこれた旨が書き込まれたといっても、それが本人かどうかは分からない。もちろん、嘘って言い方をしてもいいし、きさらぎ駅に棲む何者かが「はすみ」さんのフリをして無事だと騙った、と考えてもいい。


 こういう、曖昧だからこそいくらでも考察ができるのが「きさらぎ駅」の魅力なんだと私は思う。



 さて、今日は結構いっぱい喋ったな。そろそろ目的の駅に着くはず……。




次は




オマエダ




オマエダ



 ひぇ。




2024/9/26 初稿公開

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