第11回 「かまいたち」に寄る

 仕事柄、よく段ボールを手にする機会が多い。具体的な仕事内容は省くが、うっかり軍手をつけるのを忘れようものなら、すっぱりと手を切ってしまう。


 なので傷薬は私にとっても必需品。そうなる前にしっかり軍手してから作業しろって話なんだけど、いやもうほんと忘れるんですよねこういうの。


 傷といえば、何日も貼りっぱなしにすることでかさぶた代わりになり、治りが早い絆創膏がある。この絆創膏、傷を消毒液で消毒してしまったら意味がないので、みんなは怪我をして、その絆創膏を使うときは、必ず水洗いだけにとどめよう。


 これからの季節は乾燥して、とくにそういう怪我を起こしやすくなるので、注意が必要ですね。私も毎年、秋冬はハンドクリームが手放せません。


 今日は、そんな切り傷とちょっと関係のある、あの妖怪のお話。



 かまいたち。妖怪の名前とも、あるいは現象名ともされる存在。鳥山石燕の『画図百鬼夜行がずひゃっきやこう』には、「竆奇かまいたち」の名前で記されている。


 山東京伝さんとうきょうでんの小説『浮牡丹全伝うきぼたんぜんでん』に挿し込まれている、歌川豊広うたがわとよひろによる図の一つに「竆奇圖かまいたちのづ」がある。


 「竆」というのは、「窮」の旧字体なので、今書けば「窮奇」となる。


 「窮奇」というのはもともと、中国神話に登場する悪神の一つで、「窮奇きゅうき」という。「窮奇きゅうき」は風の神様とみなされていて、この後詳しく触れるけど、「かまいたち」も風にまつわる妖怪であるため同一視され、「窮奇」とかいて「かまいたち」と読ませてるらしい。


 石燕の絵には詳しい解説文は載っていない。だから、各地にある伝承から「かまいたち」が何者かを知る必要がある。


 ある程度知名度の高い「かまいたち」。全国的にその話はあるが、特に雪の降る地域に多い。


 一般的には、つむじ風に乗ってやってくる妖怪で、人を斬りつけるが痛みは感じず、血も出ない、という話が多い。


 実際には姿かたちが見えない妖怪なのだけど、大抵の絵はイタチの手が鎌になっていて、これで斬りつけてくる、という感じだ。


 奈良県の伝承では、斬りつけるのではなく噛まれるらしく、地域によって多少の差異はあるらしい。けどやはり共通して、風とともにやってきて、目に見えぬかまいたちが知らぬ間に傷つけていくようだ。


 人を傷つける風の妖怪というのは類話がたくさんある。高知県では、捨てられ放置された鎌が「野鎌のがま」という妖怪となって、風に乗って斬りつけると言われていたり、悪神、という点から一目連の回で出た「鎌風かまかぜ」や「悪禅師風あくぜんじのかぜ」とも関連性がある。


 ちょっと面白い別の話として、「かまいたちは三人の悪神の集まり」というお話がある。


 信越地方では、暦を踏む……すなわち今でいうカレンダーを踏むと災いが起きるとされ、一番目の悪神が風を起こして人を倒し、二番目の悪神が刃物で切り付け、三番目の悪神が薬をつけて痛みを感じさせない、という話がある。


 これに関連付けて、『けものフレンズ』ではなぜか「カマイタチ」が忍者風の姿でキャラクターとして存在するのだが、それぞれ「カマイタチ・テン」「カマイタチ・セツ」「カマイタチ・」の3人がいる設定だ。なかなか味なことをする。


 この時つけられた傷は、古くなった暦を黒くなるまで焦がして、それを傷口に擦り付けるとよくなる、という言い伝えもあるそうだ。


 中国神話の「窮奇きゅうき」が悪神であることから派生した話だとは思うが、三人組で役割分担をしている、というのがなかなか面白い。なんで三人組なのかは定かじゃない。けど無理矢理考察するとすれば、昔の暦では10月・11月・12月が冬で、三つをまとめて「三冬さんとう」といい、「鎌鼬」はそんな三冬に使われる季語なので、三と絡めたかったんじゃ……なんて考えられる。


 ……おっと。初めて漢字で「鎌鼬」って書いたな。


 実はタイトルを含めてここまで、ずっとひらがなで「かまいたち」と表記してきたのだが、これにはちょっと訳がある。実は「かまいたち」は、元々イタチの妖怪じゃない、らしいのだ。


 もっとも最初の言葉としては、「かま太刀たち」という言葉が訛ったものだといわれていて、これが江戸時代に入り、「かまいたち」の言葉から、いつものごとく言葉遊びの要領で「鎌+イタチ」の姿で描かれるようになって、現在に至るまで浸透しているそうだ。


 いわれてみれば、姿かたちが見えない風の妖怪、あるいは怪異を「イタチという獣の姿に例える」のは発想力が豊かすぎる。けど、元々は「構え太刀」から来ていて、それが転訛てんかして「かまいたち」になり、さらに連想して「鎌鼬」になったと、順序を踏まえて考えるとなるほど納得できる。



 さて、「かまいたち」について話してきたけれど、こやつの正体は一体何なんだろうか。


 実際にそういう妖怪がいるかどうか、という部分をいったん横に置いといて、実際に気付いたら切り傷が出来ていた、という状況は体験したことある人は多いし、それ自体を「かまいたち」と呼ぶ。


 で、冬の季語になるくらいだから寒い時期に発生するわけだ。寒い時期に、切れる現象。


 あかぎれじゃね? ていう説が実際にある。あかぎれは皮膚表面の水分が蒸発して乾燥することでひび割れが発生し、それが進行することで発生する。雪の降る地方に伝承が多い、というのも、あかぎれが正体だとすれば辻褄が合う。


 他にも秋と言えばススキが熟す頃。ススキの葉というのは縁に「鋸歯きょし」と呼ばれる、その字のごとくのこぎりの歯のような形状をしていて、無視に食べられないようにガラスと同じ成分、ケイ素で細胞壁を堅くしているので、手を切りやすい。とすれば、気付かずススキのある場所を通って、気付いたら怪我していた、とも考えられる。


 それに、風の神とされる「窮奇きゅうき」と同一視されていることや、台風と関連がある「一目連」と今回の「かまいたち」に共通して「悪禅師風あくぜんじのかぜ」があるように、風との関連性も強い。


 つむじ風に乗って現れる、と言ったが、つむじ風は晴天時に陽の光で地面が暖められ、上昇気流が発生して渦が形成されることで生まれる現象で、日本では秋に多く発生する。


 もしかすると、『風が強くなる時期(つむじ風が発生する時期)と、切り傷が起きやすい時期は同じ』という相関関係である事象を、当時は因果関係があると考えて生まれたのが「かまいたち」なのかもしれない。


 かまいたち……、意外と奥が深いのかも……?



2024/9/27 初稿公開

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る