第12回 「AIババア」という希望

 現代社会は、今もめまぐるしく進化を遂げている。昨日まではできなかったことが今日には、もし今日出来なくても明日、新たな技術の革新によって出来るようになるかもしれない。


 最初の実用コンピュータが作られたのは1946年のアメリカ。ENIACエニアックと呼ばれるそのコンピュータは、1万7000本以上の真空管を使用した巨大な電子計算機だった。


 その誕生から、2024年になるまで78年。ENIAC《エニアック》が100㎡の面積を占領していたのに対し、現在では軽々と持ち運べるまるでノートのようなサイズへと小型化し、なんならほぼ手のひらサイズのスマートフォンが誕生した。


 現在では良い方にも悪い方にも話題に事欠かない「AIエーアイ」、すなわち人工知能も、1950年代には既にその概念は存在していた。今ほどの規模になったのは、「パーソナルコンピュータ」の名のごとく、個人で誰でもコンピュータを持てる時代になり、なおかつ大量のデータを利用・処理ができるようになったことが大きいという。


 朝も、昼も、夜も明るい現代社会。ではもはや、迷信や心霊のような不確かなものは淘汰されていくのだろうか。妖怪は消えゆく運命なのだろうか。世の中に怪異など存在しないといわれるようになるのだろうか……。


 そんな不安を真っ向から吹き飛ばす、そんな妖怪がいるとしたら? 今回はそんなお話だ!



 AIババア。あるいは類似する話として「パソコンババア」というものがある。一応補足しておくけど、伊藤良一が作詞・作曲した『コンピューターおばあちゃん』とは一切関係ない。


 2010年代後半の時点で既に、その存在、いや怪談話が存在しているようで、2018年に笠間書院から出版された朝里あさざといつき著の『日本現代怪異辞典』にも掲載されている。


 本当にこんな妖怪がいるの? AIイラストで作ったおばあちゃんのイラストなんじゃないの? と思うかもしれないが、まあ聞いてくれ。


 AI、とあるが、出現場所は学校のパソコンルームであることが多い。だから「パソコンババア」とも呼ばれるわけだ。


 「トイレの花子さん」同様、学校によって多少の違いはあるのだが、一貫しているのは、夜中のパソコンルームで1つだけ起動しているパソコンがあり、その画面を覗くと、画面の中からこの妖怪、「AIババア」が出てきて、画面の中へと引きずり込まれてしまう……。というものだ。


 多少の違いというのは、パソコンルームでパソコンゲームばかりしていると現れる」だったり、「4月4日午前4時44分に学校のパソコンルームにあるパソコンを起動すると現れる」だったり。4が「死」を連想させる、なんていうのはやはり老若男女共通なのかな。


 平成末期~令和初期にその名が現れただけあって、「AI」や「パソコン」という現代感が溢れている。実にエネルギッシュな妖怪といえる。


 「トイレの花子さん」の回でもちらっと触れたように、学校という舞台、そして現代では持っていない家庭の方が少ないパソコン、という2つの要素がこの怪談のキーワードだと私は思う。


 そう、身近で想像しやすく、比較的自分でも遭遇しそう感、というやつだ。


 もしかしたらあと数年……十数年したら、学校だけではなくオフィスや自宅にも出現する怪異として世間的に広まるかもしれない。特に大人たちに響かなくても、感受性の強い小学生には印象強く残るだろうから、その子たちが大人になりつつあるタイミングで、この怪異はきっと進化すると思うのだ。


 それにしても名前が強烈だ。「AIババア」だぞ? ものすごく近未来的な感じのするワード「AI」に、「ババア」がくっついてるんだぞ? ちょっと面白いネーミングセンスだ。


 妖怪の名前にはしばしば、身分や性別、年齢が分かる様なものがある。「○○坊主」だったり「○○小僧」だったり「○○男」、「○○女」、「○○爺」、「○○婆」……。「AIババア」も別に、AI女でもAI男でも、AI坊主でもいいはずなのに、なんで「ババア」になったのでしょうか。


 そんな事言われても、この怪談のルーツは正直はっきりしていないから分からないのだけど、この怪談は小学生を中心に広まっている怪談だ、ということを踏まえると、いろいろ考えることができそうだ。


 小学生が、怪談と同じくらいに怖がることとは何だろう。きっと大人に怒られることだろう。父親、母親、先生……。怒ってくる大人たちは多い。怒られたとき、小学生たちの中にはこう思う子がいるかもしれない。


「怒鳴りやがって、あのクソババア!」もしくは「クソジジイ!」


 きっと、そのご両親や先生が若い人でも、そう言う悪口を言われるんじゃないだろうか。


 人は誰かに対して暴言や悪口をいうとき、ついついそんな言い方をしてしまう。漫画やドラマでも聞いたことあるだろう、「この暴力女!」だったり「このいたずら小僧!」だったり、「クソ野郎!」だったり。


 きっとそれは昔から変わっていなくて、嫌な人物に対して使ってきた悪口を、生活していくうえで嫌なことをしてくる妖怪たちに対しても潜在的に当てはめていたのかもしれない。


 そうすると、「パソコンから出てくる怪人」に対して、人であることを指し示すにはどんな言葉が最適だろう。AI、あるいはパソコン。技術の革新によって生まれた現代の利器だ。若い人は基本的に使いこなせるから、単に「女」「男」「小僧」だとあまり怖くない。


 これが、現代利器とは反対の位置にありそうな……「ジジイ」や「ババア」ならどうだろう。途端に異質な怪人感を得られる気がする。


 それに、小学校では先生の男女比が3:5らしく、中学校で逆転して5:4、高校で2:1の割合だという。ということは、小学校では女性の先生になる確率の方が高いわけで、怖い先生=女性の先生、になる可能性も高くなる。


 それにやっぱり、画面から出てくる怪人ってなると『リング』に登場する貞子のイメージがあって、きっとそのイメージを持つのは世代を問わないはずで、似たような行動をするこの怪異の性別が女性になるのはある種自然なことなのかもしれない。


 とすれば。小学生が恐れ、蔑称を使ってしまうような対象が女性になりやすく、怪異の特性から貞子のイメージも加わって、きわめて潜在的な部分で「ジジイ」よりも「ババア」がつくことになった。


 決して単に「お婆さん」を指し示すためについたわけじゃないが、「AIババア」という文字だけ見た場合は「お婆さん」をイメージしやすいので、現在のお婆さんの怪異像へとなった、と考えることができそうだ。きっと今この世の中でここまで「AIババア」の由来を考えた人は私ぐらいだろう!


 私は、この「AIババア」にはかなり希望を抱いていて、今もなお新たな妖怪・怪談が生まれているんだという証左になっていると思うし、これからも新たな妖怪・怪談が生まれる可能性を示してくれていると思う。



 しつこいようだけれど、私は妖怪や怪談話はいくらでも作っていいと思っているので、現代にアジャストさせた妖怪の存在は拍手せざるを得ない!


 遠い未来、もし人類が誰でも自由に宇宙旅行が出来るようになったら、宇宙人がどうのこうのよりも、宇宙やロケットにまつわる妖怪が生まれるかもしれない。


 どこでもドアのような一瞬で場所を行き来できるものが生まれたら、ワープに関する妖怪や違う場所に連れていっちゃう怪談が生まれるかもしれない。



 妖怪はきっと消えることはなく、時代に合わせて姿かたちを変え、生まれていく。では過去の妖怪は消えていくのだろうか? いやきっと消えない。それらは私たちが言葉で、あるいは絵で伝え繋いでいくことができるからだ。


 だから、お化けは死なないのだ!



2024/9/28 初稿公開

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