第13回 原初の妖怪、「鬼」

 これまで避けてきたものがある。それが今回解説する「鬼」だ。なんで避けてきたかって? そりゃおまえ、解説する量が桁違いになるからだよ!


 そのうち解説するつもりだけど、「天狗」とか「河童」のような、もはや種族名になっているタイプの妖怪は、全国各地に固有名のある妖怪がいるので、それらをまとめて解説してしまうと、とてつもない量になってしまうのだ。


 じゃあどうすれば簡潔に解説できるか……。悩んだ末、あくまでも「種族」に関する簡単な解説をして、そのあと個別に解説をすればよいのではないか、という結論に達した。


 というわけで、今回は妖怪の中でも特に最初期の……いや、原初の妖怪、「鬼」についての解説だ!



 鬼。その歴史は古く、現存する日本最古の書物、「古事記」にもその名が記載されており、名実ともに原初の妖怪としていいはずだ。


 古事記には「八岐大蛇ヤマタノオロチ」も書かれているため、「鬼」と「大蛇おろち」の二種が最初の妖怪とみなしていいのだろう。


 で、なぜ「鬼」を先にピックアップしたかとえいば、現代社会においても「鬼」というのは密接にかかわりあっているからである。


 鳥山石燕の画集の一つ『今昔画図続百鬼こんじゃくがずぞくひゃっき』の「上之巻/雨」にも「鬼」は収録されており、そこにはこういった一文が添えられている。


おに

丑寅うしとらの方を

鬼門きもんといふ 今おに

かたちえがくにはかしら牛角うしのつの

をいたゞきこし虎皮とらのかは

まとふ 是うしとらとの二つ

を合わせて この形をなせり

といへり


 原文ママ。ルビもなるべく同じにしてある。で、何を言っているかというと、丑寅の方角のことを鬼門と言い、今、鬼の姿を描く際には、頭に牛の角、腰には虎の皮をまとわせており、丑と寅の要素を合わせてこの形になっているといわれている、ということだ。


 現在において「鬼」イメージと言えば、確かにこの通り頭には角を生やし、歌にもなっている虎柄のパンツを穿いている姿だろう。


 丑と寅の間の方角……そのまま「うしとら」というが、すなわち北東は、陰陽道において鬼が出入りする方角であるとされていて、ゆえに「鬼門」というそうだ。


 陰陽道ってなんぞやって思うかもしれないのでザックリ解説すると、天文学や暦の知識を利用して、日時・法学・人事の吉凶を占う技術のこと。つまり、そう言う占いにおいて、忌む方角のことだったってことだね。


 なんとなく「赤鬼」のイメージもあるが、青い鬼も緑の鬼もいる。これらも古代中国における自然哲学の思想である「五行ごぎょう」や、仏教において瞑想の邪魔をする煩悩の「五蓋ごがい」に準えている、という説があって、色にもちゃんと意味があるそうだ。


 「鬼」の名前の由来は、平安時代に作られた辞書『和名類聚抄わみょうるいじゅしょう』に記載されている内容から抜粋すると、こう書かれていることが分かる。


或説云於邇者隠音之訛也 鬼物隠而不欲顕形故以称也


 ……?


 もう分かると思うけど、当時は漢文として書いてあるので、漢字しかない。なので、これを翻訳すると、大体こうなる。


一説には「おに」は「おぬ」の音が訛ったとされる。鬼は物に隠れて、その姿かたちを顕すことをしない(欲さず)ため、そう称する。


 訳者が私なので多少の違いはあるかもしれない。なのでそこには目を瞑ってほしい……。


 「おに」という言葉の由来は「おぬ」からきている、ということがここでは語られている。「おぬ」は「隠れているもの」という意味を持っていて、すなわち大昔は目に見えない、人智を超えた現象を起こす存在を、すべてまとめて「鬼」の仕業としてきたのだ。


 「鬼」が「おに」と呼ばれるようになったのは実に平安末期頃で、それまでは割といろんな読み方がされてきた。例えば「かみ」だったり、「しこ」だったり、「もの」だったり……。


 容貌の悪い女性を「醜女しこめ」というのは、もしかしたら吾峠呼世晴ごとうげこよはるの漫画『鬼滅の刃』のワンシーンで知った人も多いだろうけど、これも「醜」という字に鬼が使われていることがわかる。つまり、鬼のように恐ろしい顔を「醜い」としていたことに由来するらしい。


 また、中国では「鬼」という字は「幽霊」という意味合いになるそうだ。ゆえに、人が亡くなることを「鬼籍に入る」というし、怨霊のことを「物の怪」というように、「鬼」が「もの」と呼ばれるのもこれまた理にかなっている。


 さらに、大昔の鬼は基本的に一つ目の存在として語られていた。このエッセイのもはや準レギュラーと化した「一目連」のように、神様、あるいは神の使いや同格の存在は「一つ目」であるという話がある。ゆえに「鬼」もまた「かみ」として見られている側面もあるようだ。


 こうして話してきて、鬼にもさまざまな種類がいる、ということが容易に想像つくだろう。「妖怪としての鬼」「神様としての鬼」「亡霊・怨霊としての鬼」などなど……。とかく多様性があり、悪いやつもいれば善いやつもいる。共通点は、恐ろしく、力強く、人智を超えた力を持つ、ということだろう!


 こうした理由から、例えば動物の名前にも、大きくて力強い生物に「オニ」が使われることがある。オニヤンマとか、オニオコゼとか、オニグモとか。大体、大きな生物にはそのまま「オオ~」がつくのだが、それよりも大きいから「オニ~」になるのだ。


 文化としてはやはり、立春に豆をまいて鬼を追い払う行事の節分が有名だろう。季節の変わり目に邪気……すなわち鬼が現れうとされ、をれを払う行事だ。ちなみにこの行事を正確には(あるいはルーツとして)「追儺ついな」と呼ぶ。「鬼っ子ハンターついなちゃん」の「ついな」ってこっから来てるんだー!って思ってもらえればいいよ。


 豆を投げる理由は、豆を魔を滅する「魔滅まめ」とかけてる説や、鬼の目……すなわち「魔目まめ」を潰すためだから、という説がある。目を潰す、と言えば、柊を鰯を飾る、という習慣もある。これも、鬼が鰯の匂いを嫌い、柊の葉の棘で目が潰れるから、という理由だ。


 これ、なんで柊? なんで鰯? って部分に関しては調べても私でも良く分からなかったのだけど、考察してみるに、古来の鬼は基本的に「一つ目」であることが関係しているんじゃないかと思う。


 だって目が一つしかないのだ。その一つしかない目を潰せれば、鬼は前が見えなくなる。そうすればたまらず逃げだし、追い払うことができる。


 今は「鬼」も二つの目があるように描かれていることが多いからピンとこないけど、こう考えるとわざわざ「目を潰す」ことに意味があるように感じられる。一つ目であること自体が弱点なのではないだろうか。


 それから、昔は邪気を払うために、柊で作った「撮棒さいぼう」という厄災除けの道具があったそうで、柊を用いる理由はそれかもしれない。


 ちなみに、撮棒さいぼうを金属で作ったものも存在しており、これを「金砕棒かなさいぼう」という。金砕棒は打撃武器として使われていたそうだ。そう、あの「金棒」のことである。


 ただでさえ強い鬼がさらに強い武器を持って無敵になるような様を「鬼に金棒」というが、これが由来だ。そりゃ、鬼払いのために作った道具を鬼が使ってたら誰も勝てんわ……。


 んー、やっぱり足りない! やっぱり「鬼」に関してはまだまだ話さなければならないことが多い。だって「酒呑童子」とか「両面宿儺」とか「橋姫」とかまだまだあるんだもの。けどそれらをまとめて解説すると、長くなってしまうから抑えなければ……。


 今回はあくまで、「鬼とは何ぞや」という解説だけにとどめる。またいつか、個別の「鬼」について詳しく掘り下げる予定だ。全国には、個別に解説する甲斐があるくらいたくさんの「鬼」がいるからね。


 「鬼」の世界は広い! 



2024/9/30 初稿公開

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