第2回 台風の日、「一目連」を見た。

 2024年の8月22日未明に発生した、台風10号「サンサン」。本来の進路から大きくそれ、九州に上陸したと思えば、長い間停滞し、今度はほぼ直角に曲がって中部を縦断するらしい。


 関東にいつ来るのかと冷や冷やしているのに、一向に来ないと思えば、降ったりやんだりの天気で非常に煩わしい。来るなら来い! いややっぱ来ないでほしい、そのまま霧散してほしい。


 日本には、こういった災害にも妖怪を当てはめて生み出している。それは、単に災害は妖怪の仕業だ、という風に仕立てる場合もあるし、ある種の擬人化に近い扱いで作る場合もある。


 今回のお話は「一目連いちもくれん」という妖怪について。実はちょっと神様にも触れざるを得ないから、まとめてお話ししよう。



 一目連。現在では巨大な一つ目の球体の妖怪として描かれることが多く、今インターネットで調べると、「妖怪または神の一種」と出てくる。


 具体的に何か文献に載ってるわけではないのだけど、『和漢三才図会』という本の中に「一目連」の単語が登場するページがある。


 『和漢三才図会』というのは、江戸時代の中期に編纂へんさんされた、今でいう百科事典のようなもの。全105巻あって、編集した寺島良安てらしまりょうあんはこれを完成させるのに30年かかったそう。


 で、この『和漢三才図会』の第3巻「天象」に収録されている「風」の項目の中に、それはある。


うみのおほかせ」という題の項目に、このような記述がある。


按勢州尾州濃州驒州有不時暴風至俗稱之一目連

以爲神風其吹也抜樹仆巖壞屋爲不破裂者惟一路

而不傷也處焉勢州桑名郡多度山有一目連祠

相州謂之鎌風駿州謂之惡禪師風相傳云其神形如

人着褐色袴云々


 おお、漢文漢文。「颶」とは「台風」という意味を持っていて、昔の中国では台風のような暴風を「颶風ぐふう」と言い、日本もそれに倣ったことがあるのだそう。


 本当はレ点だったり一二点があるので、ある程度読めたりするけど、それでも難しいので簡単に訳そう。正確な訳ではないので、そこだけ注意。


伊勢国いせのくに尾張国おわりのくに美濃国みののくに飛騨国ひだのくにでは、時々暴風が吹き荒れる。人々はこれを「一目連」という神風だと信じている。

風が吹けば、樹は根から倒れ、岩は砕け、家屋は壊れるが、不思議と道は傷つかない。伊勢国の桑名郡くわなぐん多度山たどやまには、一目連をまつほこらがある。

相模国さがみのくにでは「鎌風かまかぜ」、駿河国するがのくにでは「悪禅師風あくぜんじのかぜ」と呼ばれ、その神様は人と同じ姿をしており、茶色のはかまを穿いているのだとか。


 おお、なんかカッコいいことが書いてある。妖怪というよりやはり、神様としてしっかり祀られている存在であることが分かる。


 伊勢国、今でいう三重県にある桑名郡多度山に祀られている、とある。実際に三重県にある桑名市多度町には「多度大社たどたいしゃ」という神社があり、その別宮に一目連神社がある。


 一目連神社にはある神様が祀られていて、その名を「天目一箇神あめのまひとつのかみ」という。


 神様だけあって難しい名前だけれど、「目一箇まひとつ」というのは「一つ目」という意味で、この神様は一つ目であることを表している。


 この天目一箇神は鍛冶の神様で、昔の鍛冶職人は鉄の温度を色で見る際、片目を瞑って確認したり、火花が目に入って失明することがあって、そこから由来となって一つ目の神様になっているらしい。


 で、この天目一箇神と一目連は同一視されている。正確には、本来は別々の神様なんだけれど、一つ目であるという要素が被っているので、「実は名前違うけど、本当は同じ神様なんじゃない?」ってなっている感じ。


 こういう、別々の神様だけれど要素が似通っているために融合することを「習合しゅうごう」と言うそう。話が逸れちゃうから詳しくは調べてみてね。


 話を本題の一目連に戻すと、一目連自体は天候の神様で、竜神だという。


 日本には元々、水の神様の象徴として蛇を信仰していて、それと中国の霊獣・竜が合わさり、竜神は水の神様とされている。


 一目連は、雨風を司る一つ目の……、正確には片目を失った隻眼の竜神だというのだ。


 片目を失った竜の神様なら、一つ目の球体の妖怪として描かれるのは、なんかおかしい気がする。ひとえにこれは、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者である水木しげるが描いた絵の影響がおそらく強いのだろう。


 じゃあ、水木しげるは球体の一つ目のつもりで描いたのだろうか。


 答えはきっと違うと思う。あれはきっと、巨大な穴から覗く目を描いたんじゃないだろうか。



 台風の目。



今でこそ衛星写真でその実態をだれでも目にすることができるが、昔は地上からでしか観測が出来なかった。


 地上からでもしっかり台風の目は見ることができて、あの豪雨の中、一箇所だけ円状に雲がない場所があるのが確認できる。


 さてさて、昔の人は、そんな穴の中からひょっこり顔を覗かせる太陽を見て、いったいどう思ったのだろうか……。


 樹を根から引き抜き、岩は粉々にし、家屋は吹き飛ばす。辺りをめちゃくちゃにしながら進む竜神の風の中に、ぽっかり空いた妙な穴。そこからだけ、神々しく光が差し込み、ちらりと太陽が見える。


 きっと当時、誰もが思ったんじゃないだろうか。


「あれは竜神の目なんじゃないか……?」


 一目連の正体が台風の目、なんて記述はどこにもないから、これはあくまでも私の憶測。でも、『和漢三才図会』に書いてある内容から考察してみるに、昔の人はそう思ったんじゃないかって思える。


 どんなに頑張って考えても正解があるわけじゃない。でもなんとなくそれっぽいことは考えられるし、こういう考証が楽しかったりもする。妖怪って、もっといえば神様って、そういう楽しみ方もできる。


 そういえば、一目連は「いちもくれん」以外に、「ひとつめのむらじ」という読み方もあって、この「むらじ」というのがまた面白い。


 「むらじ」は古墳時代の古代日本、ヤマト王権が使っていた称号の一つで、おもに神様の子孫にあたる人々に与えられていたらしい。


 むむ、どの方向からアプローチしても、一目連は絶対に神様関連に行く運命なのか。


 ここまで聞くと、一目連をと呼ぶのは、なんか申し訳ない気がしてくる。一応定義的に、進行しているなら神、災いを起こすなら妖怪というそうなのだけど……。


……やっぱりものすごく被害を出すほど災い起こしてるから妖怪ってことでいいのかもしれない。



2024/9/1 初稿公開

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る