第3回 一旦「一反木綿」を挟むお話

 ここで話を書くにあたって、どうしてもぶち当たる壁がある。ネタの取捨選択だ。


 妖怪を取り扱っている以上は、ネタ自体は豊富にあるのだけど、逆にありすぎるのも困りもので、なんとなく心理的に、その日その日に関連していそうな妖怪を取り上げたくなる気持ちもある。


 であるからして、「今日は○○の日だから、それにちなんだ妖怪……」なんてチマチマやっていると、まあなんということでしょう、マイナーな妖怪ばかりになってしまう。


 これはいかん。いかんです。妖怪について楽しんで親しんでもらおうってコンセプトなのに、それはちょっとどうなんですか。


 じゃあもう開き直って、どメジャーな妖怪でいきましょうよ。というわけで、一旦、一反木綿のお話で。



 一反木綿。『ゲゲゲの鬼太郎』にて、鬼太郎の仲間として、そして空を飛ぶ手段としてレギュラー出演していることでも有名な布の妖怪。


 その出身地はかなり明確に分かっていて、鹿児島県肝付町(旧高山町)にその伝承が伝わっており、肝付町観光協会でも記事として取り扱っているほど。


 なにか文献として、文字として残されているものは無く、口伝くちづてに話が継承されて行って、こんにちの一反木綿像につながっているようです。


 で、現在における一反木綿はどんな妖怪として伝わっているかと言うと、次のようなお話である。


 その昔の夜のこと、男が帰路に着くため急いで道を進んでいたところ、急に真っ白な布が飛んできて、首に巻き付き締め付けてきた。男が驚いて、脇差を抜いて布を斬りつけたところ、布はふっと消えてしまった。しかし、男の手にはべっとりと血が残っていた。


 ここから分かる通り、一反木綿は原典(といっても言葉でしか伝わってないのだけど)では、人を襲う恐ろしい妖怪なのだ。


 特撮番組『仮面ライダー響鬼』における「イッタンモメン」は、イトマキエイに鳥の足が生えたような姿をしていて、やはりそのしっぽのような部位で人間を巻き付けて捕らえ、締め付けて体液を絞る描写があり、原典を踏襲していることが見て取れる。


 この話が、鹿児島県肝付町で広く伝わっている話……といわれると、ちょっとどうやらちがうようで。


 先ほど出した肝付町観光協会のページでは、街の住民に一反木綿の伝承についてインタビューしている項目があって、そこでは「聞いたことある」と言う人と「そんな話は聞いたことがない」と言う人で二極化されていた。


 おっと、何故知っている人と知らない人がいるんだろう?


 と読み進めてみれば、ちょっと意外な展開がここで待ち受けている。


「一反木綿」と言う妖怪の話は聞いたことないが、「メン」あるいは「マン」というものが現れる、と言う話を聞いたことがある人がいるそうなのだ。


 この「メン」や「マン」というのは、どうも肝付町の昔の方言で「幽霊」や「おばけ」を意味する言葉だそう。民俗学者・柳田国男の依頼の下、地元肝付町出身の教育者・野村伝四でんしが訊いて回って著述した『大隅肝属郡方言集おおすみきもつきぐんほうげんしゅう』にも記載されているのだから、間違いないだろう。


 それに、「一反木綿の正体は、墓穴から出た人魂だと聞いたことがある」という現地の人のお話もあるようだ。


 ということは、一反木綿はある意味「幽霊メン」との掛詞になっている妖怪なのでは、という考え方もできるわけで、これまたあることないこと楽しく考えるにはうってつけだ。


 興奮冷めやらぬ中、ここらで、頭の中で「一反木綿」の姿を思い浮かべてほしい。


 どんな一反木綿像を思い浮かんだだろうか? ピタリと当てて見せよう。ひらひらと長い真っ白の反物に手が生えた、あの姿を思い浮かべたのではないだろうか。


 何を隠そうその一反木綿像を生み出したのは、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるである。


 そう、さっきも話した通り、一反木綿の話は口伝に伝わっているのであって、文献として昔から残されていたわけではないし、そうした話が絵巻になっているわけでもない。


 だから、今現在一反木綿が全国的に有名な妖怪へとなっているのは、ひとえに『ゲゲゲの鬼太郎』のおかげ、水木しげる先生のおかげともいえる。


 じゃあまるっきり無から、布の妖怪・一反木綿が生まれたかと言うと、それは違うかも、という意見がある。


 土佐光信とさみつのぶという室町時代から戦国時代を生きた絵師が描いた絵巻『百鬼夜行絵巻』(重要文化財にもなっている)に、長い爪の生えた獣の手足を持つ布の妖怪が描かれている。


 特別に名前がついているわけでもなく、百鬼夜行、すなわち怪物たちが練り歩く姿の中の一体でしかないのだけど、ここから布の妖怪が派生して生まれていて、一反木綿もその一つなんじゃないか、という説だ。


 「狂骨」の時にも話した気がするけど、案外妖怪は二次創作して生まれることが多い。だから、一反木綿もそのようにして誕生したとしても不思議ではない。


 それから、一反木綿は夕方や夜遅くに出る話が非常に多く、これは特に昔は街灯が少なくて薄暗いことから、子どもたちに「早く帰ってくるように」と言うしつけの一環で生まれたんじゃないか、と言う話もある。


 こういう、しつけのため、と言う誕生理由を聞くと、ものすごく親近感と言うか、人情味と言うか、趣深さを感じる。


 そしてたしか、鳥取県境港市(水木しげるの出身地)で行われた第1回妖怪人気投票では1位になっていたと記憶してる。


 一地域のローカル妖怪が、漫画をきっかけに全国的知名度を誇ることになるとは、まさか一反木綿本人……本布? も予想してなかっただろうなぁ……。



2024/9/5 初稿公開

2024/9/6 一部修正

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