第4回 音を立てるは「波山」の羽
私には好きなものがたくさんあるのだが、特に「妖怪」や「ミステリー」と並んで好きなものが「鳥類」だ。
この3つは私にとっての基盤のようなもので、日夜どの地域にどんな鳥類が生息していて、どのような生態を持っているのかを調べたり、全国各地の妖怪や怪談話を見たり聞いたりして、何故その話が生まれるに至ったかを考察したり、自身でミステリーを執筆して悦に浸ったり……。
いや、もっと他にやることあるだろ……。でも止められないから困ったものだ。どうにかこの知識を仕事に活かせないかと悩んで幾余年。うーん、何かいい仕事ないものだろうか……。
妖怪の世界にも、鳥の姿をした妖怪が多数いる。今回はその中でも、特に私一押しの「鳥の姿をした妖怪」を紹介しようと思う。それが、「
◇
天保12年(1841年)に刊行された奇談集『絵本百物語』の巻第三(つまり3冊目)にその名が掲載されており、浮世絵師の
そこに載っている一文には、こう記されている。
◇
波山
◇
文章に関しては一応原文のままなのだけど、やっぱり「飛行」と書いてあって「ひげう」と読むのは凄く違和感がある。
すなわちは、深い藪の中に現れて、常に口から火を噴いており、夜になると空を飛ぶ、そんな妖怪であることが書いてある。
この妖怪は
この話から考えるに、「
実は「
見た目は巨大な鶏そのもので
さて、ちょっとこの妖怪の正体について考えてみよう。夜になるとたちまちバサバサと音が聞こえてくるが、外に出てもその姿はない。この事象を「波山」の仕業だとしているわけだ。けれど、少し考えれば何となくでも正体は分かりそうな気がする。
きっと、夜のうちに吹いた風で竹藪が揺れ、それによるざわざわとした葉のこすれる音……。これを波山が羽ばたく音だと形容したような感じがしなくもない。
竹原春泉による絵があるから、今我々は鳥の妖怪だと言っているけれど、「姿は見えない」とあるのだから、本来は音だけの妖怪なのかもしれない。
音だけの妖怪、というのは結構多い。有名なところだと「うわん」という妖怪や「小豆洗い」、「べとべとさん」などという妖怪がいる。波山もそれと同じ分類なのかもしれない。
でははたして、なぜ鶏の姿なのだろうか。いやもちろん、「バサバサと音を立てている様子」から鳥が連想されるのはおかしくない話だけれど、それを数ある鳥の中から鶏が選出されるのは妙である。
さて、「鳥」と「火」で思いつく、実在する鳥類に心当たりはないだろうか。『火の鳥』(手塚治虫によるシリーズ漫画作品)なんてつまらないことは言わないでほしい。
ヒクイドリ。ヒクイドリ目ヒクイドリ科ヒクイドリ属に分類される、世界で最も危険な鳥としてギネスにも登録されたあの鳥だ。和名には「火食鳥」と書くくらいには、火と関連してそうな鳥である。
実際、火と関連しているかと言われるとそうではなく、ヒクイドリはのどにある赤い
このヒクイドリが波山とどうかかわるかと言うと、単純明快、このヒクイドリこそが波山のモデルなんじゃないか、と言われているのだ。
このヒクイドリ、時代にして寛永12年(1635年)には江戸幕府に献上されている記録があり、『絵本百物語』の実に約200年前にはその存在が明らかになっている。
「一目連」の時にもお世話になった昔の百科事典『和漢三才図会』の44巻「山禽類」の項目にも「
ヒクイドリをモチーフに絵を描いたのであれば、鶏に似た姿をしていることも、火を噴いているような絵であることもどこか合点がいく。
まとめると、こういうことが考えられる。
その昔、
それを絵にするにあたって、ヒクイドリが参照されることとなった。『和漢三才図会』にも「燃え残りの木を食べる」とあるし、名前も「食火鶏」である。その姿から連想して、後から火を吐く設定が追加された。
ただ音を立てるだけの妖怪なら、火を噴く必要性は全くないわけで、火を噴くことができるなら、むしろそっちがメインの伝承(たとえば山火事を起こすとか)になりそうなもので。
でもそうじゃない、それどころか火には熱がなくても得ないということは、きっとこういう経緯があったんじゃないか……と想像することができる。
妖怪には正解がない。正解がないから、どんな考察をしてもはずれにはならない。それどころか、後から後から新たな設定を入れることもできたりする。
それが受け入れられるかどうかはまた別としても、そういった柔軟さには妖怪には備わっている。波山は、それをまるで教えてくれるような存在だと私は思っている。
だからきっと、波山の火が実は、夜に出歩くような怪しい不届き者にだけ熱が感じられ、悪人を燃やして食べてしまう良い妖怪、なんて設定を今から私が付けたって怒られはしない!
あ、それはやりすぎ? じゃあこの設定は無かったことにして……。
了
2024/9/6 初稿公開
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