第4回 音を立てるは「波山」の羽

 私には好きなものがたくさんあるのだが、特に「妖怪」や「ミステリー」と並んで好きなものが「鳥類」だ。


 この3つは私にとっての基盤のようなもので、日夜どの地域にどんな鳥類が生息していて、どのような生態を持っているのかを調べたり、全国各地の妖怪や怪談話を見たり聞いたりして、何故その話が生まれるに至ったかを考察したり、自身でミステリーを執筆して悦に浸ったり……。


 いや、もっと他にやることあるだろ……。でも止められないから困ったものだ。どうにかこの知識を仕事に活かせないかと悩んで幾余年。うーん、何かいい仕事ないものだろうか……。


 妖怪の世界にも、鳥の姿をした妖怪が多数いる。今回はその中でも、特に私一押しの「鳥の姿をした妖怪」を紹介しようと思う。それが、「波山ばさん」だ。



 波山ばさん。別名に「婆娑婆娑ばさばさ」や「犬鳳凰いぬほうおう」とも呼ばれる妖怪。


 天保12年(1841年)に刊行された奇談集『絵本百物語』の巻第三(つまり3冊目)にその名が掲載されており、浮世絵師の竹原春泉たけはらしゅんせんによる挿絵も載っている。


 そこに載っている一文には、こう記されている。


波山

深藪ふかきやぶのうちにせう

つねくちよりはき

夜々よよ飛行ひげうすとぞ


 文章に関しては一応原文のままなのだけど、やっぱり「飛行」と書いてあって「ひげう」と読むのは凄く違和感がある。


 すなわちは、深い藪の中に現れて、常に口から火を噴いており、夜になると空を飛ぶ、そんな妖怪であることが書いてある。


 この妖怪は伊予国いよのくに、現在の愛媛県に伝わる怪鳥で、夜になると途端に、家の外からバサバサと音が聞こえてくるという。慌てて外に出てみても、そこには何もいない。という怪異を起こすのだそうだ。


 この話から考えるに、「波山ばさん」と言う名前も「婆娑婆娑ばさばさ」と言う名前も、その音から名付けられたと考えるのがきっと自然だろう。


 実は「婆娑ばさ」には、舞を踊る人の衣服が美しく翻るさま、という意味や、物の影などが揺れ動くさま、という意味があり、そういった言葉遊びの側面もあるのかもしれない。


 見た目は巨大な鶏そのもので鶏冠とさかを持ち、吐く火は熱を持っておらず、燃え移ることはないそうだ。


 さて、ちょっとこの妖怪の正体について考えてみよう。夜になるとたちまちバサバサと音が聞こえてくるが、外に出てもその姿はない。この事象を「波山」の仕業だとしているわけだ。けれど、少し考えれば何となくでも正体は分かりそうな気がする。


 きっと、夜のうちに吹いた風で竹藪が揺れ、それによるざわざわとした葉のこすれる音……。これを波山が羽ばたく音だと形容したような感じがしなくもない。


 竹原春泉による絵があるから、今我々は鳥の妖怪だと言っているけれど、「姿は見えない」とあるのだから、本来は音だけの妖怪なのかもしれない。


 音だけの妖怪、というのは結構多い。有名なところだと「うわん」という妖怪や「小豆洗い」、「べとべとさん」などという妖怪がいる。波山もそれと同じ分類なのかもしれない。


 でははたして、なぜ鶏の姿なのだろうか。いやもちろん、「バサバサと音を立てている様子」から鳥が連想されるのはおかしくない話だけれど、それを数ある鳥の中から鶏が選出されるのは妙である。


 さて、「鳥」と「火」で思いつく、実在する鳥類に心当たりはないだろうか。『火の鳥』(手塚治虫によるシリーズ漫画作品)なんてつまらないことは言わないでほしい。


 ヒクイドリ。ヒクイドリ目ヒクイドリ科ヒクイドリ属に分類される、世界で最も危険な鳥としてギネスにも登録されたあの鳥だ。和名には「火食鳥」と書くくらいには、火と関連してそうな鳥である。


 実際、火と関連しているかと言われるとそうではなく、ヒクイドリはのどにある赤い肉垂にくすいが、まるで火を食べているように見えることからこの名前がついたのだそう。


 このヒクイドリが波山とどうかかわるかと言うと、単純明快、このヒクイドリこそが波山のモデルなんじゃないか、と言われているのだ。


 このヒクイドリ、時代にして寛永12年(1635年)には江戸幕府に献上されている記録があり、『絵本百物語』の実に約200年前にはその存在が明らかになっている。


 「一目連」の時にもお世話になった昔の百科事典『和漢三才図会』の44巻「山禽類」の項目にも「食火鶏ひくいとり」の名前で掲載されていて、鶏によく似た姿で、燃え残った木を食べる、というとんでもない解説が添えられている。


 ヒクイドリをモチーフに絵を描いたのであれば、鶏に似た姿をしていることも、火を噴いているような絵であることもどこか合点がいく。


 まとめると、こういうことが考えられる。


 その昔、伊予国いよのくにでは、夜になると竹藪の方からバサバサと音が聞こえてきた。しかし外に出てみても、外には何もなかった。その様子を、波山、あるいは婆娑婆娑ばさばさという妖怪の仕業だと見立てた。


 それを絵にするにあたって、ヒクイドリが参照されることとなった。『和漢三才図会』にも「燃え残りの木を食べる」とあるし、名前も「食火鶏」である。その姿から連想して、


 ただ音を立てるだけの妖怪なら、火を噴く必要性は全くないわけで、火を噴くことができるなら、むしろそっちがメインの伝承(たとえば山火事を起こすとか)になりそうなもので。


 でもそうじゃない、それどころか火には熱がなくても得ないということは、きっとこういう経緯があったんじゃないか……と想像することができる。


 妖怪には正解がない。正解がないから、どんな考察をしてもはずれにはならない。それどころか、後から後から新たな設定を入れることもできたりする。


 それが受け入れられるかどうかはまた別としても、そういった柔軟さには妖怪には備わっている。波山は、それをまるで教えてくれるような存在だと私は思っている。


 だからきっと、波山の火が実は、夜に出歩くような怪しい不届き者にだけ熱が感じられ、悪人を燃やして食べてしまう良い妖怪、なんて設定を今から私が付けたって怒られはしない!


 あ、それはやりすぎ? じゃあこの設定は無かったことにして……。



2024/9/6 初稿公開

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