妖怪エトセトラ

スパロウ

第1回 「狂骨」と私

 映画『鬼太郎誕生ゲゲゲの謎』にてメインに描かれ、もしかしたら今最もホットで、有名な妖怪になったかもしれない「狂骨きょうこつ」。


 ここらで一回、この「狂骨」という妖怪がどんな妖怪なのかを解説したいと思い、筆を執ってみた。


 何故、急に妖怪の解説をしようと思い立ったのか。きっとこの回を読み終わる頃には伝わってくれるのではないかと思います。


 まあ、別に私は妖怪学者ってわけでもないし、これから解説始めるのにこんな事言うのもなんだけど、あくまでも「そうなんじゃないか」って言われていることを集めて紹介してるだけなので、事実と異なる部分があるかもしれない。


 だからぶっちゃけ解説部分は話半分に、「ふーん」程度に読んでっていいよ。



 狂骨。江戸時代の妖怪画家・鳥山石燕という人物が描いた妖怪画集『今昔百鬼拾遺 雨』に収録されている妖怪。


 『今昔百鬼拾遺』は、雲・霧・雨の三部作構成になっている画集で、雨は下巻の位置づけになっている。


 ここに描かれた「狂骨」は、釣瓶桶(井戸水を汲み上げるときに使う小さな桶)から、白骨の怪物が出ているように描かれていて、次のような一文が添えられている。


狂骨きやうこつ井中せいちう白骨はくこつなり

世のことハざはなハだしきことを

きやうこつといふも

このうらミのはなはなだしき

よりいふならん


 なんだか合間にカタカナが混じっていておかしく感じるけど、これが原文そのまま。

 変体仮名で書かれているので、なんのこっちゃとなるが、簡単に訳せばつまりこういうことが書いてある。


狂骨は井戸の中にいる白骨の妖怪だ。

世間で言い伝えられている方言の中に、甚だしいことを「きょうこつ」というところがあるが、これはこの狂骨が恨みの激しいことから、そう言うようになったのだろう。


 へぇ、どうやら「きょうこつ」という方言があって、妖怪の「狂骨」はその由来らしい。では本当にそんな方言がどこかにあるのかというと、神奈川県にあるという。


 神奈川県には「きょーこつ」という方言が実際にあって、「大げさ」という意味があるそう。


 おおっ、ということは「狂骨」は神奈川県の妖怪なのか。となりそうだけど、そうもいかない。神奈川県に、「狂骨」という妖怪の伝承は今のところ存在しないのだ。


 さて、ネタバラシをすると「狂骨」は、鳥山石燕による創作妖怪である、という見方が現在のところ主流だ。先程紹介した


・神奈川県の方言「きょーこつ(大げさ)」


や、


・まるで骨のようにやせ細った姿や白骨を指す言葉「髐骨ぎょうこつ

・そそっかしい様子や軽はずみな様子を表す「軽忽けいこつ(きょうこつ、とも読む)」


などの言葉から着想を得たとされている。


 実際、激しい恨みを持ってると書いてあるものの、具体的にどんな恨みを持ってるのかは『今昔百鬼拾遺』には書かれていないし、伝承もないし、恨みがあるにしてはなんか愛嬌のある絵だし。


 とはいえ、添えられた一文に「恨み」とあるので、後年の創作では怨霊のような立場で描かれることが多い。


 アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』では第5期29話「ネコ娘の妖怪バスツアー」にて、イタズラで封印が解かれた狂骨が修学旅行中の小学生をいろは順に襲ったり、映画のネタバレになるので詳細には言えないが『鬼太郎誕生ゲゲゲの謎』では物語の根幹に関わる重要な妖怪として描かれている。


 後は、これは推理小説好きの側面もある私の個人的な趣味の話だけれど、京極夏彦の百鬼夜行シリーズ第3作『狂骨の夢』の題材にもなっていて、おそらくは狂骨といえば専らコレだと思う人が多いかもしれない。ちなみにこの作品は、百鬼夜行シリーズの中で私が特に好きな話なのだけれど、話が逸れるから割愛。


 とにもかくにも、井戸から出てくる骸骨姿の恨みを持った妖怪、という非常に分かりやすく怖い怪物像というのが、現代においては扱いやすい設定なのかもしれない。


 さて、この狂骨に非常によく似た妖怪がいる。「計宇古都奈之けうこつなし」という妖怪と「つるべ女」という妖怪だ。


 計宇古都奈之は1820年頃に刊行された『化け物尽くし絵巻』に、つるべ女は1881年頃に刊行された『怪物画本』にそれぞれ描かれている。見た目はものすごく狂骨に似ていて……というかほぼまんま。


 『今昔百鬼拾遺』が1781年刊行なので、おそらく狂骨をモチーフに創作されたんじゃなかろうか。創作で作られた妖怪から、さらに創作された妖怪。二次創作だね。


 この解説をここまで読んで、「あれ、妖怪って創作しちゃって良いんだ」ってなった人がおそらくいると思う。


 そうなのだ。妖怪って堅苦しいものじゃなくて、もっと今でもじゃんじゃん作って良いはずのものだと、私は思うのだ。


 妖怪の成り立ちまで詳しく今回解説する気はないけど、鳥山石燕がこういった妖怪画集を出していた頃、ある意味妖怪というのはキャラクターコンテンツとして親しまれていた。だから、実は伝承がある妖怪以外にも、言葉遊びで生まれた妖怪はたくさんいる。


 もちろん元々は怪異を起こす恐ろしいものとして妖怪は存在していた。これは今でもきっと変わってはない。ただそこにキャラ物として楽しむ気持ちも加わってきたのだろう。


 だから私的には、ポケットモンスターシリーズに近しいものがあると思ってるし、それこそ妖怪ウォッチは、現代ナイズされた新しい妖怪の生み出し方、親しみ方だったと思う。


 つまり、私がなんで急に妖怪解説したかというと、もっとみんなに妖怪に触れてほしいし、親しんでほしいと思ったからだ。


 詳しい伝承を知らなくても、「この〇〇って妖怪カワイイー!」ってやってもいいし、なんなら今ここで新しい妖怪作ってキャッキャしていいと思うのだ。


 きっといつか何処かで触れるのだけど、一部地域の一部家庭でたまたま躾のために作った話が、今では超メジャーな妖怪として知られているものもある。


 いわゆる都市伝説も、言い換えれば現代妖怪の類で、これから百年後二百年後には、明確に妖怪として伝承されるかもしれない。


 もっと妖怪って自由でいていいと思う。私は狂骨に対して今年改めて触れてみて、それをすごく実感した。


 というわけでどうだろう、もし興味を持ってもらえたなら、この先も私の他愛もない妖怪話に付き合ってみない?



2024/08/31 初稿公開

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