第41回 犬派か猫派か「すねこすり」派か

 寒いのは苦手だ。童謡の「雪」には、犬は喜んで庭を駆け回り、猫は炬燵に入って丸くなるというが、それでいったら私は断然猫タイプだ。もう一日中炬燵の中にいたい。


 さて突然だけど、生き物の好みとして、皆は犬と猫、どちらが好きだろうか? 私はというと、ぶっちゃけどっちでも良いというか、鳥が一番好きなので、一番面白くない「鳥派」と答えてしまいたくなる。


 ただどっちかと言われれば、母方の実家が猫を飼っていたので猫派だ。実際親も猫好きで、飼ってこそいないが猫を象ったグッズが多い。


 妖怪にも、犬とみるか猫とみるか、判断に困る奴がいる。それが「すねこすり」だ。今回は、伝承としてはほとんど語るところがないが、別のところで語ってみたくなる「すねこすり」のお話です。



 すねこすり。一応漢字で「脛擦すねこすり」とまんまな書き方をする子の妖怪は、現在の岡山県に伝承が残っている妖怪だ。


 教師で博物学者であった佐藤清明きよあきが刊行した日本最初の妖怪辞典と言われる『現行全国妖怪辞典げんこうぜんこくようかいじてん』に初めてその名が載り、その後民俗学者である柳田國男やなぎだくにおの『妖怪名彙ようかいめいい』にも引用されるかたちで広まった。


 ちょっと余談になるが、『現行全国妖怪辞典』の著者である佐藤清明は岡山県里庄町出身であり、だからこそ「すねこすり」の話を見つけ、まとめることができたのかなーと思う。ちなみに岡山県里庄町は、シンガーソングライターの藤井風ふじいかぜの出身地でもある。これは「すねこすり」とは関係ない。


 さて話を戻そう。「すねこすり」の伝承は、次の通りだ。ものすごく短いので、『現行全国妖怪辞典』版と『妖怪名彙』の2パターンを同時に掲載するよ。


脛コスリ 犬の形をして雨の降る晩に通行人の股間をこすって通る。 岡山県小田郡

(佐藤清明 『現行全国妖怪辞典』より)


スネコスリ 犬の形をして、雨の降る晩に、道行人の足の間をこすって通るという怪物(備中小田)。

(柳田國男 『妖怪名彙』より)


 ……みじかっ!


 そう、伝承としての「すねこすり」はたったこれだけ、ほぼ1行のみの伝承に過ぎない。小田、というのは岡山県小田郡のことで、この地域に伝わっている話との事。


 岡山県内のその他の自治体でも似たような話があるそうで、岡山県井原いばら市では井領堂いろんどうと呼ばれる辻堂(十字路に作られた、仏像を安置・礼拝する建物のこと)に現れたという話が残っていたり、岡山県高梁たかはし市では夜道に現れ、脛を擦って通る「すねこすり」、股を何度も潜り抜ける「またくぐり」が出没するという。


 井原市に関してはさらに、「すねっころがし」という名前も残っていて、この話ではヒトの足を引っ張って転ばしてしまうという。いずれにせよ系統としては同じであるのは明瞭だね。


 夜や雨、というキーワードから察するに、足元の良く見えない状態で、不意に足元がおろそかになって転ぶ、あるいはもたついてしまうことを戒めるために、「夜や雨の日に外に出ると、すねこすりが現れて転ばされるよ」という話になったんじゃなかろうか。


 あるいは、大の大人でも夜道や雨の中、何かに足を引っかけたわけではないはずなのにもたつくことがあり、それをただ「どんくさい」で片づけるのはなんか恥ずかしいので、「すねこすり」の仕業ってことにした、というのもそれはそれで遊び心があって面白そうだ。


 「すねこすり」がどんな妖怪かはもうこれ以上本当に話すことがない。そして、どういう経緯で生まれたかもそこまで真面目に考えられてるわけじゃないので、私の想像以外に語るものがない。ではここから何を語るのか。


 「すねこすり」は犬なのか、猫なのか、という問題だ。


 伝承でははっきりと、犬の形をして、と書かれている。だから犬なのではないかと思うが、昨今の「すねこすり」像はどちらかといえば猫よりのデザインをしていることが多い。


 水木しげる原作の『ゲゲゲの鬼太郎』でも、特にアニメでは三毛猫のようなデザインの可愛らしい姿で描かれている。


 元の絵は、犬の根付をモチーフに描いていて、調べればその元の根付の画像を見ることができる。おそらく伝承の、犬の形をして、から犬の根付をモチーフとして描いたのだろう。


 じゃあやっぱ犬じゃん! と思うが、この根付は丸まった猫にそっくりでもあり、絵として起こした時、猫に見えてもぶっちゃけ仕方がない。


 とはいえ、伝承上では犬と言っているのだから、最近の「すねこすり」が猫みたいな見た目になっている説明とするには、猫に見えるからだけではちょっと弱い。猫になったのにはそれなりの理由があるはずだ。


 一つは名前ではないだろうか。なんていったって「すねこすり」。中に「ねこ」があるものだから、潜在的に猫が刷り込まれていく。イメージとして猫に向く可能性は十分考えられる。


 もう一つ。映画作品である『妖怪大戦争』が由来とする説だ。『妖怪大戦争』には1968年公開のものと、それをリメイクした2005年公開のものがあるが、ここで挙げるのは2005年版だ。主題歌の「愛を謳おう」は忌野清志郎いまわのきよしろう井上陽水いのうえようすいによる楽曲である、ものすごく豪華な作品である。


 この映画にも「すねこすり」が登場し、見た目はなんだかモルモットみたいな感じ(私の印象)なのだが、これを主人公の稲生いのうタダシ少年(演・神木隆之介)が見て、「猫ぉ?」と言うシーンがある。


 この一言だけではあるが、どういうわけか平成以降の「すねこすり」目撃談では「猫みたいな姿だった」という証言が多い。平成以降にも目撃談があるのも面白いところだ。


 見た目、語感、作中のセリフ。様々な要素がかみ合った結果、今の猫の姿になったのだろう。


 ゆえにか、現在では「犬や猫のような姿をしている」という説明がされることがある。もっとも現地岡山県では、これらはタヌキの仕業である、という言い伝えもあるそうなので、ここらで「犬や猫、狸のような姿」と変更してもバレなさそう。いやバレるか。


 ちなみに、猫も犬も狸もネコ目(食肉目と呼ぶのが一般的)。似て非なるけど当たらずも遠からじ。もしかしたら熊みたいな見た目の「すねこすり」もいるかもしれないし、スピードタイプのチーター型「すねこすり」もいるかもしれない。あなたの「すねこすり」は何派かな?



 そういえば、私はよく箪笥の角に小指をぶつける。これには訳があって、私の足の指が人よりはっきりしているというか、横に広い。なので、普通の感覚で歩いているのに、小指が外に出ていてぶつかるのだ。


 これも「すねこすり」の仕業だったりしない? 「すねこすり」系統の新たな妖怪・あしひっかけ、とかだったりしない? しないか。自分の歩き方の問題か。はい……。


 ちなみにこの間、本当に夜道を歩いていて、コンクリートの塊(マジでなんで落ちてたのか分からないけどでっかいのが落ちてた)に気付かずに足を引っかけて痛い思いをしたので、「すねこすり」関係なく夜道や雨の日は気を付けて……。


 ……あのコンクリートの塊、さては「すねこすり」の化けた姿だったか!?




2024/12/8 初稿公開

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