第12話

 少女たちは好奇心交じりの視線から、敵意を隠さなくなってきた。

 主催だけは止めようとしてくれているが、使用人に耳打ちされてから席を外したようだ。

 そこからは容赦がなかった。


「婚約者を奪われたというのに、もう親しい殿方がいるってことは裏で相当遊ばれているのかしら」


 ぷっ、と一つ笑いが起きればあとはなし崩しに、侮蔑と嘲笑が満ちていく。


「申し訳ないけれど……ステラさんでもあの方を落とせるのでしたら、ねえ?」


「ああ、もしかして! ハウンド様の心変わりを恐れて私達に会わせてくださらないのではなくて?」


「あらやだ。ステラ様ったら、自信を持ってくださいな。きっと大丈夫ですわ。紹介くらいよろしいじゃないの」


 思わず俯いたステラにくすくす、と馬鹿にしたような歪んだ笑いが突き刺さる。

 この場の全員が、ステラよりは自分が上だと主張していた。


(これじゃあこの前のパーティーと一緒だわ)


 あの時と違うとすればハウンドの存在だ。

 彼はいないし、来ない。教えていないのだから当たり前だ。

 自分の家のためにも貴族のご令嬢方に詐欺師を紹介するわけにはいかないと思っていたのだが、一度あのうさんくささを間近で見てほしいものだと呆れる。


(そうだわ。あの男がいなくても、私は社交界で婚約者を見つけないといけないのよ。こんなところで負け犬認定されている場合ではないわ)


 ステラはぐっと前を向き、あえて口元に寛大な微笑をたたえた。


「おっしゃるとおり、私などより皆様の方がハウンド様にお似合いだと思いますわ」


 周囲の少女たちが口をつぐみ、表情が固まった。


「ご存知と思いますが婚約者がいないので私も婚約者を探しているの。もし素敵な方がいらっしゃったら私にも紹介していただきたいわ」


 みんなの憧れのハウンドなどどうでもいい、と言外に含ませる。

 あまり調子に乗るなと牽制しつつ、婚約者がいないことで自分を下げたステラに、少女たちは何も言えなかった。

 気まずそうに扇子で口元を隠し、今が一番大変ですものねなどと曖昧に同意している。

 その時、後ろから耳元に低く甘い声が響いた。


「そんなつれないことをおっしゃらないでください、私の麗しき白百合」


「ハウンド!」


 まるで恋人に微笑むような、見る者の胸を高鳴らせる微笑み。

 少女たちは一様に顔を赤らめ、息を呑んでいる。

 噂にたがわぬハウンドの容貌にを間近で見て、一瞬で魅了されていた。 

 そこへ主催の少女の華やかな声が遠くから響く。


「みなさま! すこしよろしいかしら! あら、もうお会いになっていたのね。この方が今社交界で話題のハウンドさんよ」


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ハウンドと申します」


 挨拶とともに微笑めば、少女たちから思わずほう、と恍惚のため息がもれる。

 均整の取れたすらりとした体躯、圧倒的な魅力を振りまく繊細な美貌。

 紹介されるまで挨拶をしない、傲慢なまでの貴族的な仕草が実に様になっている。


「どうしてここにいるのよ。今日は女性だけのお茶会よ」


「ここへ来たら主催の方が顔だけでも見せていってくれと。さきほどはあなたに振られてしまいましたが、せめて想い続けることは許していただけませんか」


 寂しそうに微笑みは、その場にいる少女たちの心を奪うのに十分だった。

 答えになっていないが、ハウンドがさっきの発言を聞いて合わせてくれているのは理解した。


「私はあなたしか目に入らないのですから」


 ハウンドの手が伸ばされて、ステラの枯葉色の髪に伸びる。

 びくりと硬直するが、白手袋に包まれたすらりとした指は髪に触れることなく花びらを掴んでいた。


「私を差し置いてあなたに構っていただけるなんて、なんとも羨ましいかぎりです」


 薔薇色の視線を一瞬だけ髪に絡ませ、花びらに口づけを落とし風に遊ばせる。

 まるでステラ自身に口づけているかのように。

 少女たちはもはや陶然としていた。

 こんな男を袖に出来るステラを羨望の眼差しで見つめている。

 もはや彼女を見下す者などこの場にはいないだろう。


(この男、私の発言を即興で何倍にも効果をあげてる……!)


 悔しいが、男の技術は本物だ。

 無垢な令嬢方がこの男の毒牙にかからなくて良かったと内心ほっとしつつ、ステラは頑張って余裕の微笑みを維持していた。



 ハウンドの乱入(本人曰く迎えに来たらしいが)でちょうどいいからとお茶会は解散になった。

 一時はひりついた空気をまとっていた少女たちも、顔を火照らせて笑顔で馬車に乗り込んでいる。

 ドアが閉まるその時まで、ちらちらともしくはうっとりとハウンドを見つめている。


「ステラさん」


 帰ろうとしていたステラを呼びかけたのは今回のお茶会の主催だった。

 深いブラウンの髪に、理知的なはしばみ色の瞳が印象的な同年代の少女だ。

 バーンズ侯爵の娘、セシリア・バーンズである。さりげなく周囲に人がいないことを確認し小声で続ける。


「今日はいらしてくださってありがとう。席を外したりしたからあまりお話できなくてごめんなさい。本当はもっとお話ししたかったの。……それで、こんどバーンズ家主催の舞踏会があるのだけれど、もしよかったらいらしてくださると嬉しいわ」


「舞踏会、ですか」


 土下座させられかけたパーティーを思い出しおもわず顔が引きつる。

 セシリアの狙いはハウンドのはずである。

 女性の方から男性を誘うのははしたないとされているが、この流れならあくまでその場にいるひとへの誘いになるので自然だろう。


「バーンズ嬢。ステラ様をそのような場所に誘うなんて、悪い虫がついたらどう責任を取るつもりなんです?」


 しかしセシリアより先にハウンドが口を開いた。


(なんであなたが断るのよ! それより、もしかして婚約者を探すっていう私の作戦がバレているのかしら……)


「あら、失礼ね。我が家のパーティーにフィンリー家のご子息はいないわよ」


「あ……デリックのこと……」


 デリックを悪い虫呼ばわりすることにためらいのないセシリアに思わずふきだしてしまう。 

 婚約者探しのことを考えれば、侯爵家主催のパーティーはあまりにも条件が良い。

 セシリアもそのつもりで誘ってくれたのだろう。ステラに婚約者がいないことは貴族なら全員が知っている。


「ありがとうセシリア様。そのお誘い、喜んでお受けいたします」


 ハウンドが小さく息を呑む様子が伝わってきたが、彼は何も言わなかった。

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