第13話
ハウンドは当然のように帰りの馬車に乗り込んで当たり前のように向かいに座った。
図々しさにあきれるが、それより彼の馬車より数段ランクが違うので少し恥ずかしい。
(セシリア様はあの場でハウンドを舞踏会に誘わなかったわね)
不思議なことは他にもある。
二人は妙に気安く話していた。詐欺師と侯爵家のご令嬢に接点などありえるのだろうか。
(セシリア様も騙されている? いえ、正体を全て知っていて遊び相手にしているとか……?)
貴族であれば結婚と恋愛を別のもとだと考えている人も少なくないし、その相手を庶民にしている人も多い。
しかし実際に接してみたセシリアは、少なくとも未婚の状態で遊ぶような人には見えなかった。
「お茶会を楽しまれたようですね」
「あなた、けっこう前から会話を聞いていたでしょう」
「はい! しばらく社交界と縁遠く緊張していらしたはずなのに、きちんと自分の立場を示していらして素敵でした」
「あれを面白がるなんて趣味が悪いわ」
あの時は表情を取り繕っていたものの心臓はバクバクして生きている心地がしなかったのだ。
ハウンドが早めに出てきてくれたなら令嬢たちもうやむやに納得してあんな肝が冷える重いをしなくてすんだはずである。
恨めし気に睨むと、そんなステラの考えなど分かっているというように微笑まれる。
「では舞踏会の日は早めにお迎えに参りますね」
「あなたは誘われていないじゃない」
「エスコート役は必要でしょう?」
ステラは言葉に詰まる。ハウンドの指摘は図星だった。
侯爵家の舞踏会であれば父もエスコート約を断らないだろうと思っているが、ブリジットが嫌がれば分が悪い。
「前のパーティーでも遅れてしまってお力になれなかったので」
どうやって断ろうかと口を開くが、そこでふと考えた。
(舞踏会に連れていけば、ライバルにあたるご令嬢方の目がハウンドに集中するのではないかしら。つまり、ライバルが減る……!)
ステラは自分が、異性から見て魅力的ではないと理解していた。
地味なのにきつい顔で、性格も可愛げがない。
さらに、つい最近派手に婚約解消された訳ありだ。
ここから婚約者を見つけるという難題をこなすのであれば使えるものは使わないとむしろ傲慢というものだろうとステラは考えた。
エスコートを了承し、よろしくと伝える。
そしてずっと言おうとしていたことをやっと口にすた。
「……ドレス、助かったわ。私が言い返せたのも、見た目で軽んじられなかったからよ」
いつもの普段着用ドレスで参加していたら、おそらく口をきいてくれなかっただろう。
社交界のマナーを守れない人間に、会話の参加チケットは配られない。
「よくお似合いですよ。試着されていた時も見惚れてしまいましたが……。今日緑に囲まれたあの庭園であなたを見ると、花のようで思わず動けなくなってしまいました」
おそらく褒めてくれているのだろうが、因果関係が謎すぎる。不審がるステラに気付いたのか、ハウンドは頬を染めて照れたように一度視線を外す。
そしてあらためて、欲をちらりと覗かせた薔薇色の瞳でじっと見つめる。
「手折ってしまおうかと思ったのです。ひときわ美しい白百合を」
ゾクゾクと背中が泡立つ。
必死に隠そうとして、隠しきれない捕食者の瞳から目を離せない。
視線に射抜かれて、 思わず呼吸が浅くなった。
心臓がばくりと音を立て、ハウンドに聞かれてしまうのではないかと思わず恐れた。
「あまり制御できる自信がなかったので、しばらく待っていたのです。……まあ、今も、制御しきれているのか自信はありませんが」
いつのまにか手を取られて、唇を見せつけるように押し付けられる。
その熱さと柔らかさにステラは驚いてビクリと反応してしまう。
狭い馬車の中、ハウンドの熱が侵入してきたかのようにステラに移りはじめていた。
「……ッ」
どうしようと慌てて混乱したところで、馬車が止まった。
はっと我に帰る。家に着いたらしい。
見慣れた景色を窓の外に確認して、知らず緊張していた体の力を抜く。
御者が扉をノックして、雇い主が扉を開けるのを待っている。
「残念」
油断しているステラの手に、今度はちゅっと音を立てて軽いキスを落とす。
とっさのことに固まるステラをよそに、扉を開けて平然とエスコートするハウンドが憎たらしい。
(詐欺師にいいようにされてどうするのよ!)
そう思うものの、顔の熱さはどうしようもない。
玄関のドアを開けようとするハウンドを振り切って、せめて誰にも見られないようにと二階の自室へ駆け上がった。
部屋に入るステラの姿を、そのドレスを姉が見ていることに気付かずに。
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