第9話

「まあ、よく似合ってる! それ、ウチの最新作なの。着たいご令嬢はたくさんいるはずだからどの集まりへ行ったとしても視線を独り占めできるわよ」


 マリオンの謙遜なしの言葉は、むしろ自負だった。その言葉が事実だと分かる。

 完成してお披露目待ちだというドレスは、少しのサイズ直しで済んだ。

 百合の花をモチーフにされた、清楚ながら斬新で華やかなものだった。

 クリノリンが控え目な分、フリルやレースがふんだんに使われている。

 ステラにはドレスの違いや流行などは分からなかったがきちんとした女性用のドレスはほぼ初めてで、そのふわふわとした感触だけでもドキドキしてしまう。

 全体的に同じ白色を使っているが、違う生地が何層にも重なっているので見れば見るほど魅力あふれるドレスだ。


「でも良いんですか? 私が最初に着てしまってはお店の名前に傷がつくのでは」


「そんなことないわよ。むしろ……良い出会いをしたのは私の方かも」


 フフ、とマリオンが笑う。

 そしてハウンドに「あなたも何か言ってちょうだい」とつつく。


「天使かと思って見惚れていました」


「言い得て妙だわ。大量販売の準備をしないといけないわね」


 マリオンはやや浮かれながらその場を離れていった。


(天使だなんて、詐欺師は本当に息をするように嘘をつくんだから)


 高鳴り始めた心臓を落ち着かせるように悪態をつく。


「ずいぶん口が上手いのね。天使を見たことがあるのかしら」


「ええ。いま目の前にいます。あなたも鏡でご覧になれますよ。ほら、可愛い」


 嘘。嘘だ。嘘だと分かっているのに顔に熱が集中するのが止められない。

 心臓は落ち着くどころかどんどん早くなっているようだ。

 きっと真っ赤になっているだろう顔を確認するのが怖くて、鏡などまともに見られなかった。


 

 ハウンドは靴や帽子といったものまで購入してくれた。

 特に靴はマリオンが悲鳴をあげるほど履き潰していたらしい。

 今まで着ていたドレスは装飾品を選んでいる間にマリオンが少し手直ししてくれたようだ。

 上の布を少したくし上げ、胸元を詰めてくれたのでかなり見栄えが良くなっていた。

 ハウンドは当然のように馬車で家まで送ってくれた。

 日も落ち切っておらず、辻馬車を拾おうとしていたステラは淑女として扱われることに毎回驚いてしまう。

 未婚の男女がレストランで同席していたらステラが傷つくかもしれないからと、途中で軽食も持たせてくれたのだ。


(たしかに利用しようとはしたけれど、こんなに投資しても儲かるのかしら。詐欺師も大変ね)



 家に帰るとダイニングから笑い声が響いていた。

 ブリジットの機嫌が直ったらしい。ずっと欲しかったドレスが予約できたらしい。


「マリオンのドレスとは高くついたな」


「ブリジットの笑顔に比べればどうってことないでしょ、あなた。これでも少ないくらいよ?」


「そうよ。淑女は何着もドレスを持つものなの。ねえパパ、もうすぐ新作が発表されるらしいの。誕生日にはそれがほしいわ」


「まったく、おねだりが上手な娘だ」


 自室へ荷物を置き食事のためにステラがダイニングに入ると、笑い声はしんと静まった。


「あら、お帰りなさい。今日は食べるの?」


 テーブルの上には三人分のお皿しかなかった。当然料理も三人分だ。

 使用人が慌てて「今日は三人分しか作っておりません。どうしましょうか」と母に耳打ちした。

 父はため息をつき、使用人は迷惑そうにしている。ステラの存在を忘れていた、というのを隠そうともしていない。

 ブリジットだけはにやにやと笑っていた。


「かわいそうなステラ。私の残飯で良ければ食べて良いわよ。だって、あなたには席に着くためのドレスもないんだものね」


「食欲がないので結構よ」


 貴族であれば晩餐は正装で食べる。

 イブニングドレスを持っていないステラは、そもそも食事を共にする資格を与えれていなかった。

 わざとらしい呼びかけもいつもの嫌がらせだ。

 ブリジットの癇癪を恐れて誰も止める者がいない。

 ステラが背を向けると張りつめた空気が緩んだのが分かる。

 しかしその空気も少しの間しかもたなかった。


「待ちなさいステラ。……そのドレスどうしたの」


 ステラの心臓が跳ねた。


 (もしかしてバレたのかしら)


 マリオンで仕立てたドレスは自室に置いてあるが、目ざといブリジットには分かってしまったのだろうか。


「そのドレス、そんな感じじゃなかったわよね」


「え、ええ。裁縫が得意な方が少しアレンジしてくださったの」


 嘘は言っていない。

 ブリジットふうん、とじろじろドレスを観察して不満そうに鼻を鳴らした。


「昨日あんなことがあったのに、ドレスを直す余裕があるの?」


「あれは、私にはどうすることもできなかったもの。知っているでしょうブリジット」


 あの場を用意したブリジットは、ステラに準備など出来なかったことを誰より知っているはずだ。

 それより彼女は、おそらくハウンドのことを聞きたいのだろう。

 じろりとステラを睨めつけた。


「そうやってみみっちく仕立て直して満足してるのなら、まだしばらくあんたにドレスは必要なさそうね」


 ドレスなんか、ずっと買ってもらっていない。

 きっと両親はそれすら覚えていないだろうが。

 ステラは奥歯を噛みしめて二階の自室へ戻った。

 ハウンドが買ってくれたパンが迎えてくれて、知らずほっとする。

 

 今日は空腹にならなさそうだ。

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