第10話
「デリック君が殴られた? だ、大丈夫だったのか」
ステラが自室へ上がった後、ブリジットは昨日あったことを両親に話していた。
「大丈夫じゃないわ。私がせっかくあの子をパーティーに招待してあげたのに、あの子ったら身支度も出来ずに浮いちゃって。それでデリックは仕方なく婚約解消をその場で発表したのよ。あの子、伯爵夫人に相応しくないでしょ?」
グレアム男爵家は元々伯爵家だった。
数十年前の天災で領土をほぼ失ってしまい、以前のような税収が期待できないうえまともな政策も打ち出せないため降格したのだ。
しかしグレアム家は伯爵に戻ることを諦めていない。
より良い家格の者と結婚し、領地が上がる税収をほぼ家の見栄えにつぎ込んでいる。
いずれ伯爵家に戻るその時のために、デリック・フィンリーとの結婚は絶対に成し遂げねばならなかった。
当初はステラとの結婚だったが、デリックは顔合わせの後からブリジットに惹かれていた。
ブリジットは昔から美しく、より条件のいい婚約者を探していたのだがここら辺でデリックに落ち着こう、ということになったのだ。
一応デリックを惹きつけ続けるよう全ての愛情はブリジットに向けられることになる。
「ステラには困ったものね。昔から気が強くて婚約者が決まらないし、年頃になればおしゃれの一つでもするかと思えば……」
「あれじゃあ我が家の不良債権だ。良縁が難しいなら富豪の年寄りの元へでも送って金にするしかない」
せめて今までの養育費は取り戻さんとな、と父親は深いため息をつく。
そこではっと気が付いた。
「ま、まさかステラがデリック君を殴ったのか?」
「違うわよ。綺麗な殿方がやってきて、ステラを連れ出したのよ。それで、帰り際に殴ったの」
「そ、それはすぐに謝罪に向かわなければ……! 場合によってはステラを使用人に差し出して」
「まあ、それはだめよ。手紙くらいにしておかないと。デリックはあれを蒸し返されたくないんですって。我が家が謝罪に向かったら社交界でまた笑われてしまうわ。」
顔色が一気に青ざめる両親のことなど興味ないとばかりに、とブリジットは夢見る乙女の様にうっとりと胸の前で手を組む。
「あの方の美しいことといったら……! 濡れたような黒髪に薔薇色の瞳をしていたのよ。あんな美しい人は見たことないわ。本当、誰なのかしら。でもステラも知らないみたいなのよね。まあ、知っていたらあんなダサい恰好し続けられないもの」
それは、昨日言い争っていた男のことだろうかと両親は顔を見合わせる。
話を聞くに、当日はその後まっすぐ帰ったようだし男とは面識もないらしい。
しかし貴族の子女としてはふしだらな娘を想われかねない。
そんな顔だけの男がステラに興味を持つとも思えないが、だからといって我が家に近づかれるのも困る。
特に夢見る乙女のようなブリジットの様子には今の時点でも嫌な予感がするのだ。
「今まで大人しくしていたのに、どうして面倒を持ち込むんだあの子は……」
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