第11話

 ステラは招待状とにらめっこしていた。


(どの家に行けばいいのか、まったく分からないわ)


 日を追うごとにステラ宛の手紙と招待状は増えていく。

 ステラの向こう側にいるハウンドに、だ。


「お手紙を読んでいる感じ、ハウンドは社交界に出ていないみたいなのよね。本当に貴族ならそんなことないだろうから詐欺師には違いないのだろうけれど……」

 

 どの家が我が家に有利でどの家と敵対しているのか、まともに社交界に顔を出していないステラには難しい問題だった。

 ブリジットはいつも同じ人と関わっていたはずだが、その家の人達はブリジットから話を聞くのか手紙は来ていない。

 友人を差し置いてその妹を招待すればブリジットの機嫌を損ねるのは火を見るより明らかだ。


「えっ……?」


 ひときわ品の良い手紙には、なんと侯爵家の名前で招待状が入っていた。

 送り主は侯爵の娘にあたるらしいが、これを断るのは良くないというのはステラでも分かる。

 ハウンドを連れてこいとも書いていない。

 一応両親にも確認を取る。二人共なぜステラに? といぶかしんでいたが、絶対に参加しなさいとなぜかきつく叱られた。

 今のドレスで行くわけにもいくまいと、ブリジットが飽きたドレスを渡されたが当然のようにサイズが合わなかった。

 もちろん、ステラはそのドレスを使う予定もなかった。



 お茶会当日、さすがに両親も馬車を手配してくれた。

 庭園の中では着飾った少女たちが花のように咲き誇っている。


(ドレス、買ってもらえてよかったわ)


 普段着のドレスでここへ来ていたら浮いているどころではない。

 あの日のパーティーの二の舞だった。


「はじめまして。本日はお招きいただきありがとうございますステラ・グレアムです。」


「あら、あなたが! 待っていたのよグレアム嬢……と言ったらお姉さんと被るものね。ステラさんとお呼びしても?」


「もちろん」


 主催者の少女が迎えてくれた。ステラが一歩庭園に足を踏み入れると、全少女たちがその新顔に注目した。

 髪の一筋からつま先まで、容赦のない品定めの視線が体中に突き刺さる。 

 ステラを見とめた瞬間ざわめき、扇の下で何か言葉を交わす。


(珍獣になった気分ね)


 その中の一人が進み出て、ステラさん? と声をかける。

 ステラははい、と微笑んだ。


「まあ、それもしかして、『マリオン』のドレスかしら?」


 でもみたことないドレスだわ、とざわめく。


「縁あって譲っていただいたのです。私ではこのドレスに不相応だと思うのですが、大切に着たいと思っておりますわ」


 ステラが微笑むと羨望と嫉妬と好奇心の混じる視線が向けられる。

 やはりマリオンはかなり有名な人らしい。

 どうして一介の詐欺師がそんな人と人脈を持っているのかは謎だが、モデルでもしていたのだろうとステラは考えた。


(でもその人脈のおかげで初めてのお茶会でも恥をかかずに済んだどころか一目置かれたのは、感謝すべきね)

 

 

 ステラがハウンドを連れてきていないことを残念がっている気配も感じたが、今日は女性だけの集まりだ。

 自己紹介もそこそこに先日のパーティーの話題で盛り上がる


「フィンリー家のデリック様に婚約解消を言い渡されたのですってね」


「それもお姉さまの方に惹かれてのことでしょう? お姉さまの方なら他にも色んな方を狙えそうですのに」


「だからといってあんな風に見せ物みたいにしなくてもよろしいのに。少し意地悪だと思いましてよ」


(少し、意地悪ね……)


 年齢的にあの場にいた少女たちも多いのだろう。

 ステラの胸がざわつく。

 ハウンドが介入していなければ彼女たちの前でデリックとブリジットに頭を垂れるところだったのだ。


「でも、あの方がステラ様に跪いて……!」


 きゃーっ! と場が盛り上がる。

 基本的に婚約者が決まっており婚約解消も他の男性も夢物語の立場の少女たちには、刺激が強すぎる話題だった。

 ひと目みただけであの強烈な美貌に魅了される人もいるのは当然だろう。


「遠目からでも分かるあの美貌! おとぎ話のプリンスのようでしたわ!」


「私、その方が声だけであの場を掌握したと聞いておりますわよ!」


「そうそう、そうですわ! あの素敵なお声。深く柔らかく、楽器みたいに響いて」


「ステラ様に跪いて口づけた、とか……!」


 またもやきゃーっ! と黄色い声が響く。

 無責任に盛り上がる少女たちとちがい、当事者のステラとしては生きた心地がしない。

 婚約者を姉に奪われたうえ婚約解消を見せ物にされ、謎の詐欺師に付きまとわれたいなら代わってもらいたいくらいだ。


「ねえ、本当なのステラさん」


「え、ええまあ。でも私もあの方を存じ上げないので、詳しい事はなにも知らないの」


 わざわざ夢を壊すのも悪いと思い、詐欺師ということは伏せて本当のことを言う。

 しかしそれが少女たちの気に障ったらしい。


「知らない、なんてことはありえないのでは?」


「そうですよ。あんなに熱心に見つめられて……! お名前もご存じないの?」


「名前はハウンドとおっしゃるみたいです。どこの家の方かも分からずあの時が初対面で、私もとまどっています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る