第2話
「デリック様落ち着いてくださぁい。これからはこのブリジットがお側にいますわ」
「ブリジット……! 君だけだ、俺の隣に立てるのは」
デリックとブリジットは見つめあってひし、と抱きあう。
醜いのはどちらだろう、とステラは思う。
(話を通してくれれば私も婚約解消したのに、わざわざこんなことをするなんて)
デリックはただ腹いせにステラを辱めたのだ。
大手を振って恋人らしいことが憚られたとはいえ、デリックとブリジットの関係は公然の秘密だった。
庭でいちゃついて、声をわざとステラに聞かせようとしていたのも知っている。
(家の取り決めだもの。もちろんデリックに好意もなにもないけれど、ここまでされるいわれはないわよ)
それでも、彼をこうまでさせるほど自分は醜いのだろうか。
醜くつまらないというのはこんなことをされなければならないほどの罪なのだろうか。
今ここでこの馬鹿らしいショーに文句をつけてもいい。しかしステラの行動一つ一つが今はここに集う猛獣たちのエサでしかなかった。
(あなた達を喜ばせるのはお断りよ)
「要件がそれだけでしたら、帰ります」
声の震えを押し殺して告げると、ステラの背にデリックの言葉が投げられた。
「ああ、さっさ帰るが良い。空気が汚れる。ただし馬車はないぞ。動きやすそうな恰好をしていることだし、せいぜい歩いて戻るといい!」
そして起こる笑い声。
ステラは思わず立ち止まった。
まずこのパーティー会場とステラの家は遠い。
正確な距離は分からないが、連行された時はそれなりに長い時間馬車に揺られていた。
それに道が分からない。
そもそもこの国の夜に女性一人で歩いているとどういうことになるか、ということだ。
命があれば幸運だろう。
もっとも、本当に幸運かどうかはこの場にいる者ならだれでも想像がつく。
つまり、ステラのことなどどうにでもなれということだ。
すべての人間がそれを承知で笑っている。
(ブリジットという身内がいるからこそ言い訳もできるものね)
『婚約破棄のショックでステラは自暴自棄になって出ていったのだ』と。
多少の同情はされこそ、淑女らしからぬ行動をとったステラにも問題があるという話になるに違いない。
「あなたたち、しばらく見ない間にそんなに最低な人間になったのね」
「何を『期待』しているのか知らないけれど、あなたを襲う人間なんていないわよ?」
下卑た声が響く。
「……っ!」
声の震えは収まった。
しかし今度はこぶしが震える。
(一発殴らないと気が済まないわ……!)
けれど、そんなことをしたらそれこそ全てが終わってしまう。
「ね~え、あんたが跪いて『ブスでごめんなさ~い、ゆるしてくださ~い』って言えば寛大な心で馬車だけは用意してくれるって! デリックったら優しすぎ!」
「未来の伯爵として寛容にならなくてはね」
二人に呼応して、またもや会場全体が嘲笑で揺れた。
夜道を一人で帰っても、今ここでデリックの頬を叩いても評判は終わる。
だからステラに残された道はひとつなのだ。
(断頭台に上る気持ちってこんな感じなのかしら)
ステラはデリックたちに向きなおり、群衆の中ゆっくり一歩、一歩と足を進める。
近づきたくない。しかし一刻も早くこの場から去りたい。
絶望的な気持ちだ。必死にこの展開を覆す方法を考えているが何も浮かばない。
(大丈夫、私の誇りはこんなことで失われないわ。こんなことは一瞬で終わるのだから気にしなくていい)
そう自分に言い聞かせながらも、ついにステラはデリックとブリジットの前にたどり着いてしまった。
処刑が終わるまでショーが終わらないというのなら終わらせてやる、とステラは心を殺した。
(今私に出来るのは、泣かないこと)
己が勝者だと信じて疑わず、自信たっぷりに笑う二人が眩しい。
二人を照らすシャンデリアの光は、うつむくステラには影しか落とさない。
「おぞましい女め、はやく己の醜さを謝罪しろ」
「わ、私は……」
ステラが口を開いた。その時。
「遅れてすみません、私の女王」
その場を支配するような、凛と通る男の声がした。
ふわりとかすかに誘うような甘い花の香りが漂う。
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