第3話

「え?」


 嘲笑ではなくどよめき。

 驚愕と好奇心が会場を包んだ。

 ステラが顔をあげれば、光をまとった長身の男が立っていた。


(綺麗……)


 一瞬で目を奪われるほど甘い美貌だった。

 ステラは思わずどきりとする。

 

 新雪のように白い肌と、夜空のような黒髪。

 誘うような深い薔薇色の瞳に思わず吸い寄せられる。

 長身にまとったイブニングコートは、浮世離れした美しさを持つ男によく似合っていた。


 ぽとりと、ブリジットの手から扇子が落ちて静かなホールに音が響く。

 男はステラとデリックたちの前に現れたが、周囲の様子には興味が無いようだった。


 

 男は優雅な仕草でステラに跪く。ステラは思わず硬直した。

 知っている人間の悪意より、知らない人間の訳の分からない行動の方に恐怖を覚える


「ヒッ」


「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね。エスコートに遅れてしまった私をどうか罰してください」


 凄まじい謎の美形に、にっこりと熱っぽく微笑まれる。

 満足げな男と対称的にステラは冷や汗まみれだ。


(だ、誰?)


 男は大切な宝石を扱うようにステラの手を取った。


「あなたの麗しき御手に口づけることを、醜い私にお許しいただけますか?」


「みにくい? くちづけ……?」


 (これは夢?)


なにを言っているのだろうか。男の発言と視覚情報が食い違いすぎてくらくらする。

さきほどまでの悪夢とあまりにも違う悪夢だ。

ぼんやりしていると、ぎゅっと手に軽く力が込められた。

自分を見てほしいというように。


「やはりお許しいただけませんか……?」


「えっえっ? 許します……?」


「ありがとうございます」


 反射的に言葉にしてしまった。

 美青年の頬にさっと赤みがさす。

 柔らかい唇が、手袋をしていないステラの手に触れた。


(熱い)


 なぜだかふと、頭がちくりと痛くなる。

 しかしステラが違和感を追う前に男が立ち上がったので結局は何も分からなかった。

 男が自然な形でエスコートしようとするので、ハッとして突っぱねる。  


「ど、どなたかとお間違えでは」


 美青年はきょとんとする。

 しかしすぐに少し物悲し気に微笑んで、改めてステラを見つめた。


「間違えるはずがありません。ステラ様。ずっとお会いしたかったのです」


「どうして私の名前を……」


(本当に、間違いじゃないの?)


 手を取った時、彼の手はかすかに震えていた。

 嘘だと断ずるには、あまりにも手が込んでいる。


「だとしても理由が思い当たらないわ」


(ブリジットたちの余興かしら)


 あわてて顔を上げるも、その予測が外れていることは明白だった。

 ブリジットがうっとりと美青年を見つめていた。デリックまで頬を染めている。


「ね、ねえ、ステラさん。その方を紹介して頂けるかしら……?」


「紹介も何も、この人のことは知らないわ。不審者よ」


会場が騒めいていた。

今や誰もが目を見開いて謎の男の一挙手一投足に注目していた。

常識外の容貌と行動が原因である。

そしてこの会場の誰も謎の男のことを知らないようだった。

頬を染めつつ顔を見合わせている。


「ステラ様が私の事をご存じでないのも当然です。私は彼女に比べれば路傍の石のような存在ですからね」


 悲し気な声に恐る恐る表情を見ると、見事に男の眉が下がっている。

 見る者全てに罪悪感を抱かせるような悲壮さをまとってステラを見つめている。


(も、もしかして傷つけたのかしら。でも急に現れてそんなこと言われても困るわよ)


 ステラも例にもれずたじろいだが、男の方は気にしていないようだった。

 ぱっと表情を明るくしてにこにこと笑っている。


「ですが、これから知って頂ければ問題ありませんよね。どうぞお好きなように、たくさん私のことを知ってください」


「いやだから、そもそもあなた誰なのよ」


 ブリジットがコホン、と咳払いする。


「お知り合いではないのね? ではその、そこの美しい方。私はブリジット・グレアムと申しますわ。良かったら私と一緒にあちらでお話でもいかがかしら」


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