第4話
(珍しいわね)
ブリジットはグレアム伯爵家長女だ。
自分が貴ばれるべき身分であるということに十分すぎるほど自覚的だった。
その分貴族でない人間に対しては自分から話しかけないという徹底的な差別意識も大いにある。
貴族の子女としては正しい対応だからこそステラは驚いた。
貴族か平民かもわからない不審者に、微笑んで自分から声をかけて名前を名乗っているのだ。
ぽうっと見惚れて、この男の身分やどういう存在かに関しては気にしていないようだ。
(たしかに上質な生地で仕立ても良いし、立ち居振る舞いも隙が無くて優雅だけれど)
「ステラ様はそれをお望みですか?」
「なんで私に聞くの!?」
ブリジットの問いかけを無視して、ステラの意向を伺う。
直接話す気はないと言わんばかりの、まさに貴族らしいブリジットへの侮辱だ。
(本当に一体なんなのこの男!)
頭が痛い。この短時間で色々なことが起こりすぎた。
ブリジットはデリックのことなどもはや眼中にないようで、今は怖いくらいにステラを睨みつけている。
彼女の表情を見て、なぜか恐怖と共に気のすく思いがした。
どういうわけか、男はステラのいう事ならきくというのだ。
そのことでさっきまで勝ち誇っていたブリジットが怒りで顔を崩している。
謎の男の出現で、形勢逆転しているのだ。ステラは心の中で覚悟を決めた。
(不審者といえどここでは無害みたいだし……。申し訳ないけれど利用させてもらうわ)
「どうでもいいに決まっているじゃない。私は今から帰るんだから」
これで男がブリジットについていけば、この男を押し付けることができる。
ついていかなくてもブリジットたちの鼻を明かすことはできる。
しかし美しき不審者の答えはステラの予想外だった。
「ステラ様がお帰りになるのでしたら私もご一緒します」
「えっ! あなた家までついてくる気なの?」
「もちろんです。私はあなたのしもべですから」
「頼んだ覚えないわよ」
キラキラと輝く笑顔で当然のように言われても困る。
しかし立ち上がってリードするように腕を差し出されると、有無を言わせない迫力があった。
(馬車はないみたいだし、どうせ危険ならこの変人男と一緒に帰る方が安全かしら)
夜闇と不審者のどちらが危険かは推し量れない。賭けだ。
なぜこんな負け試合に賭けなければならないのかとステラは心の中でため息をつく。
「ああそうだステラ様。この男はどうします?」
男はデリックに視線を投げる。
デリックは主役を完全に奪われ、ぼうっと突っ立っていた。
「どうって……」
どうするもこうするも、あんなことをした人間に関わりたくない。
表情を陰らせるステラを見て、男は微笑んだ。
「特に未練はないと考えてもよろしいですか?」
「なっ……あるわけないでしょ!」
「よかった」
男は安心したようにステラに笑いかけ、振り向きざまにデリックの頬をぶん殴った。
「がふっ!!」
デリックの身体が勢いよく吹っ飛び、ぴかぴかの床に転がった。
「雑巾なら雑巾らしく、床を磨いてる方がいいですよ」
(えっ……。ええ……?)
美貌にざわめいた会場が一気に静かになった。
雑巾改めデリックは完全に伸びていた。
突然の暴力にさすがのブリジットも青ざめている。
もちろんステラも背筋が冷たくなっていた。
「さあステラ様、帰りましょうか」
謎の美丈夫に身体をかがめられても、そのエスコート用の腕を取る気にはならなかった。
(怖すぎる)
一瞬でもこの男を頼ろうと思ったのが間違いだった。
ためらいなく人を殴る男と一緒だなんて冗談ではない。
剣術と馬術をたしなむデリックを一発でのすのだから、ステラなど分けないだろう。
「一人で帰ります」
「でも馬車がないんですよね」
「聞いてたの!?」
「ここに着いた時ちょうどその話だったんです。さあ共に帰りましょう」
「いやあああ!」
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