「…ここなら、二人きりだし…ね?」
最近、菜音がナイフを使わなくなった。
…そう、使わなくなったのだ。
使ってたこと自体がかなり異常だと思うが…、まあ、そこは置いておこう。
放課後の保健室。保健室の先生は今日はいないらしい。
そんな保健室で、俺はベッドの上で菜音に跨られていた。
…これから何をされるかって?
「…なんで保健室?」
「…ここなら、二人きりだし…ね?」
そう言った後に舌なめずりをして、菜音は俺の首元に顔を近付ける。
「いただきます」
菜音はそう言った後に、俺の首元に噛み付いて血を吸い始める。
…ナイフの方が痛み的にはマシなんだけどなぁ…。
「…ごちそうさま」
血が滲み出る傷口を舐めた後に菜音がそう言う。
「…なぁ、なんでナイフ使わないんだ?」
「だって、噛み付いた方が満たされるから…」
「あぁ…」
だから最近菜音が血を求める頻度が減ってたのね。
噛み付くなら、頻度が減る代償に痛みが増えて、ナイフなら痛みが減る代償に頻度が増える。…なんなんだ?この選択。
■
翌日の放課後。今日は珍しく俺一人で帰ろうと階段を下りていると、空き教室の方から声が聞こえてきた。
『…ここなら、二人きりだし…ね?』
聞き覚えのある声とフレーズにふと足を止めた俺は、その声のする方に向かう。
その声…もとい音の正体は、菜音に迫っている男子生徒のスマホだった。
「これ、昨日たまたま通りかかった時に聞こえてきたんだけど…この後、何したの?」
「…あなたには関係ないでしょ」
「へぇ…じゃあ、俺にも同じことしてくれないとこの音声、皆に聞かせよっかな」
…同じこと?…やめとけ、クッソ痛いぞ。
「…嫌。あなたのは求めてないから」
「求めてる求めてないじゃなくて、やるんだよ」
「…へぇ、いいの?」
そう言うと、菜音はどこからともなくナイフを取り出す。
「お、おい…何するつもりだ…?」
「何って、"同じ事"するだけだよ?」
迫っていた男子生徒は、ナイフを持った菜音から急いで離れる。それにゆっくりと近付いていく菜音。傍から見たら恐怖映像のそれだ。
…この男子生徒が何と勘違いしてたのかは知らんが、ご愁傷様。
「あ、ごめんね、間違って心臓刺しちゃうかも」
ニッコリと笑みを浮かべる菜音が男子生徒に向けてそう告げる。
「ひっ…」
自分の命を奪うことができる凶器を突き付けられてこんな事言われるんだ、まあ至極当然の反応だろう。
いよいよ、男子生徒は壁際まで追い詰められて、いよいよ逃げ場が無くなって、ゆっくり、とナイフを持った菜音がその男子生徒へと近付いている。男子生徒は腰を抜かしてその場に尻餅をつく。
流石に止めなきゃまずいな、これ。
「…菜音。ストップ」
菜音と男子生徒との間に割って入って、菜音にそう言う。
「あ、響谷」
「…とりあえずナイフしまえ」
「あ…うん」
なんでちょっと残念そうにしてんだ。
「…後ちょっとだったのにぃ…」
「何がだよ」
「だって、そこの男子生徒が響谷にした事と同じことをやれって私に言ったんだもん」
「なに律儀に従ってんだ。やらんくて良いそんな事」
「えぇ~、飲まないからぁ~、お願い~」
「駄目だって言ってんだろ。ほら、帰るぞ。…あぁ、先に校門で待っておいて」
「はぁ~い」
菜音が階段を下りていくのを確認した後、俺は男子生徒の方に近寄る。
「…あんまり、安易にそういう事言わないほうが良いですよ。場合によってはこういう事になり得ますから」
…まあ…、この場合はあまりにも特殊過ぎると思うけど…。
「…立てます?」
そう言って、男子生徒に手を差し伸べて、男子生徒はその手を取って立ち上がる。
「…一応、校門まで送って行きますよ」
その男子生徒と共に、俺は校門へと向かった。
「菜音、遅くなってごめん」
「あぁ、うん。別に問題ないよ。君も…道中気を付けて…ね?」
菜音がそう言いながら男子生徒に視線を向けると、男子生徒は逃げるように急いで校門を出て行った。
「…相当恐怖心感じたんだろうなぁ」
「まあ、そうだよね…。響谷が異常なだけかな…」
異常なのはどっちかと言うと菜音だと思うんだけどなぁ…。
「…でも、『血が飲みたい』って響谷に言っちゃった時は、絶交も覚悟してたんだけどね」
「…まあ、俺も恋人にフラれたし、若干自暴自棄になってたのかもな。…ってか、いい加減帰るぞ」
「うん」
■
「ただいま~」
「おかえり、葵」
「あれ、菜音ちゃんは?」
「今日は普通に家帰ったけど」
「へぇ~、珍し」
「そんなにか?これまでも結構あっただろ」
「そうか?」
「遂に記憶力まで無いなったか」
「誰が年寄りだ」
「そこまでは言ってねぇよ」
「いーもんね、今日は飯作ってやらね」
「いつも作ってんのは俺だろ、お前の分だけ作ってやらんぞ」
「若者をいじめて楽しいか」
「言うほど若者か?お前…?」
「………うっせ」
「…はぁ、飯作るから大人しく待ってろ」
「3人分作るなよ?」
「わーってるっての」
「あぁでも、作りすぎたから云々で隣に分けに行くのも良いな」
「今それやったら普通に迷惑だろ」
「そうか?」
「田舎じゃねぇんだぞここ」
「菜音ちゃん家なら受け取ってくれんじゃね?」
「どうだか。ほら、さっさと手洗ってこい」
「へいへい」
――――――――
作者's つぶやき:やっぱ葵さんと響谷くん仲いいですよねぇ…。
響谷くんと葵さんの掛け合いは普通に書いてて楽しいんですよね。
こう…彼方くんと水香さんの掛け合いみたいで…。お互いを熟知してるからこそ、こんな感じの言い合いができたりするって言うか…。
友人とも、親とも、恋仲とも違うこの…なんて言えばいいんでしょうかね。絶妙な距離感と言うか…。まぁ、とにかくこんな感じの掛け合いはかなり好きです。今後とも響谷くんが出るお話にはほぼ確で葵さんも出てくると思います。
追記:どうにか2000字書けた…。
――――――――
よろしければ、応援のハートマークと応援コメントをポチッと、よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます