「俺は菜音を責めない、結論はそれだけだ」

 蹴破るように開かれたドアの音に、男子生徒は驚いて、俺の首を離す。

「はぁっ……はぁっ……っ…」

 そして、ナイフを片手に持った菜音を見て固まっている。

 菜音はそんな事気にも留めず、男子生徒の方にゆっくりと近付いていく。

「ひぃっ…!」

「大丈夫、安心して…殺しはしないから…殺しはね…?」

「…菜音、もう良いって」

 俺の制止を聞かずに、菜音は男子生徒の方に近付いていく。


 男子生徒が刺される寸前、そいつを突き飛ばして庇う。

「―――がっ…!」

「…ひ…、び、や…?」

 男子生徒が刺されるのは防げたが、代わりに俺の腹部に菜音のナイフが刺さる。

 …段々と、視界が薄れていく。…俺死ぬのかな、これ…。

「響谷!響谷ぁ!いやぁっ!いやだ―――」

 俺に縋るように泣き叫ぶ菜音を見たのを最後に、意識が途切れる。



「………ん、ぁ…」

「…よう、起きたか」

 見慣れぬ天井。学校の保健室の様で、少し違うような…そんな雰囲気。

 隣おいてある椅子には葵が座っていた。

「あ…葵…。…菜音は…?」

「まず自分の心配をしろよ…、さっき帰ったぞ、タイミング悪くな」

「…そうか」

「…あぁ」

 ……………。…帰ったタイミングが、菜音にとって良いのか悪いのか…。

「…菜音となんかあったのか?」

「腹刺したの菜音」

「はぁ?」

「いや、まあ言いたいことは分かる。俺も端折りすぎた」

 そうして、事の顛末を葵に話す。

「…はぁ…」

「で、今俺はベッドの上ってわけ」

「つまり?」

「俺は菜音を責めない、結論はそれだけだ」

「そうか…。だったら、ナイスタイミングだったのかもな」

「どうだか」



 …ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい…。


 響谷を、刺してしまった。…ナイフをツーっと伝う血を飲みたい欲と、響谷を刺してしまった罪悪感とで、私の感情はぐちゃぐちゃになってた。

 …もしかしたら、響谷は死んでしまっていたかもしれない。

 そうじゃなかったとしても、私は響谷を…刺してしまった、傷つけてしまった。

 今度こそ絶対に、嫌われてしまったはずだ。


「…刺したのは私なのに…お見舞いなんて…」




 それから、気が付いたら家に帰っていて、自分の部屋のベッドで寝転がっていた。

 道中は記憶が曖昧で、よく覚えていない。


 気分転換をするために、なんとなく外に出た。

 コンビニにでも行こうと道を歩いていると、葵さんがこっちに走ってくる。

「菜音ちゃん。…一応、事の顛末は響谷から聞いたよ」

「っ…!」

 気が付けば、足が勝手に走り出そうとしていた。でも、葵さんが私の腕を掴んでその場に引き留める。

「響谷は、菜音ちゃんを責めたりはしないらしいぞ」

「…どう、して…。刺したのは、私なのに…」

「刺された箇所はそんなに深くは無い。だから、しばらくすれば元通りの生活に戻れるらしいぞ」

「…そう、なんですね…」

「…車、乗ってくか?送ってやるよ」

「ありがとう、ございます…」



「…ひ、…ひびや…」

「あ、菜音。大丈夫だった?」

「…私よりも…今は響谷が…」

「良いよ別に。葵からも聞いてると思うけど、俺は菜音を責めないよ」

「…なんで…?」

「そりゃぁ、俺が巻き込まれに行ったんだからな。自分から巻き込まれに行って怒るなんてお門違いだとは思わないか?」

「…でも…」

「だから、あんまり気にしないで良いんだよ。これまでも、これからも、菜音とはずっと幼馴染として…親友として、菜音の気持ちを察するならば、恋人として、ずっといたいからな」

 …ひびや…。

「…いい、の?」

「あぁ、勿論。…まあ、ただ、せめて退院してからな」

「あ、うん…それはもちろん」

 …本当、優しいな…響谷は…。

「…お人好しすぎだよ、響谷」

「そう?」

「うん」


――――――――

作者's つぶやき:菜音さん、ついに刺しちゃいましたね、響谷くんの事。

…まあ、なんて言えばいいんでしょう。お人好しが過ぎませんかね、響谷くん。

ちなみに、なんですけど、男子生徒が菜音さんに刺されそうになったというお話は聞く耳すら持たれなかったと思います。

自分も首を絞めて殺そうとしたなんて言えませんしね。

…なんか、人命が軽いような気がしないでもないですけれど…まあ気のせいですよね。

――――――――

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