最終回 -幼馴染が急に血を飲みたいと言ってきた-

「菜音、相手するだけ無駄だって、ただ冷やかしに来ただけだから」

「はっ、負けてるの認めるんだ?潔いんだねぇ」

「…っ」

「菜音、頼むから落ち着け」

 拳を握りしめた菜音の手を掴んで、菜音にそう言う。

「…分かっ、た」

 菜音は二人を睨みつけながらそう言うと共に、握りしめた拳をゆっくりと解く。

「…ってか、なんでこんな美人がこんな奴と一緒にいるの?俺と一緒に来ようよ、ね?」

 そう言いながら、奏斗と紹介された人が菜音に手を差し伸べる。

 …こいつマジか。彼女がいる隣で堂々とナンパしてやがる。

「奏斗君、何言って…」

「いやぁ、だって可愛いからさ。理世よりも」

「はぁ!?」

 …喧嘩は他の場所でしてくれると非常に助かるんだけど…。

「響谷くんなら、この子よりも私の方が可愛いって言ってくれるよね!?」

「…気安く名前で呼ぶな」

「なっ…」

「最初に言ったのはそっちだろ?…あと、悪いが今は菜音の方が可愛く見える」

「そんな…」

「顔だけで判断する趣味はないがな」

 俺がそう言うと、ズイっと俺に顔を近付けてくる。

「だったら!ヨリを戻しましょ?奏斗くんには今、菜音ちゃんって新しい彼女ができたんだから」

 …ん?…ん~?…何言ってんだこいつ?全くもって意味が分からんぞ?

「ほら、私響谷くんの事好きだったしぃ…ね?」

「…悪いが、菜音は俺の彼女だ」

「はぁ、だーかーら、俺の方が楽しませれるって言ってるんだよ」

「…あのさぁ、いい加減にしてくんない?ここ公共の場、普通に周囲に迷惑掛かってんだわ」

 俺がそう言うと、二人は周囲を見渡す。

 休日のお昼時のフードコート。当然、人はかなりの数がいて。

 その人たちが皆、二人に視線を向けながらヒソヒソと話をしている。

「…やるならもっと周りに迷惑掛からない場所にしろ。それと、裏切ったやつにもう信用はない。今の彼氏さんとお幸せに」

「私も、彼女がいるのにその隣でナンパするような人は嫌かな…」

「い、嫌よ!だって奏斗、私の目の前でナンパして!他の女に乗り換える気満々なのよ!」

「お前だって―――」

「だから、喧嘩は他所でやれ。ここはカップルが喧嘩するような場所じゃないんだよ。ギスギスしたまま二人で帰って家で勝手に喧嘩でも殺し合いでも別れ話でもしとけ」

「…覚えてろ」

 …今時聞かない捨て台詞を聞いた気がする。

「…えへへ、響谷の彼女…かあ。…そうなんだけど…まさか響谷の口から聞けるなんて…」

「…菜音、料理取りに行くぞ」

「…あっ、うん。…えへへ」



「響谷があんなに怒ってるところ、初めて見たかも」

「言うてそんなに怒ってはないけどな」

「あれ、そうなの?」

「まあな、どっちかって言うと呆れの方が強かった」

「そうなんだ。…ん、この餃子美味しい」

「そうなん?一個貰っていい?」

「うん。いーよー」

 菜音の前にある餃子から一つ取って、口の中に運ぶ。

「ん、ほんとだ美味い」

「でもやっぱり響谷の料理が一番好きかなぁ…美味しいし。ヘルシーだし」

「そういう事はここで言うんじゃありません」

「はぁい」

 そんな事を菜音と話しながら、食べ進めていく。



 昼食を食べ終え、またしばらくショッピングモールの中を散策し、それから電車に乗って家まで帰る。

「たっだいまぁ~」

「ただいま」

「お、おかえり。楽しかったか?」

 リビングに入ると、ソファに寝転がってアニメを見ている葵が俺たちにそう言う。

「前半だけな。何があったかは察してくれ。ヒントは元カノだ」

「…あぁ、災難だったな…」

 葵がソファから立ち上がって『仕事行ってくるわ』と言って玄関に向かっていく。

 俺と菜音は顔を洗った後にソファに座る。

「…ねえ響谷」

「どうした?」

「あのさ…フードコートのあの時、私の事を彼女って言ってくれたでしょ?」

「…あぁ、言ったな」

 自分の発言はそんなに覚えてないけど、確かにそんなことを言った記憶が薄っすらとある。

「嬉しい、私、響谷に自分の彼女だって言ってもらえて」

「…そうか?」

「うん」

「…なら、良かった。…ってか、今更だけど…もう血は吸わなくても大丈夫なのか?」

「ううん、全っっっっ然?」

「…そうなの?」

 そんなになの?

「すごく吸いたい。今すぐ吸いたい。吸いつくしたい」

「吸いつくされたら死んじゃうな」

「じゃあ吸いつくさない」

「そう。…じゃあ吸うか?俺の血」

 そう言いながら、俺は服の首襟を少しずらす。

「…色々抑えきれなくなっちゃうけど…大丈夫?」

「…あぁ、まあ多分。全部受け入れられるように努力はしてみるよ」

「…分かった…じゃあ、いただきます」

 久しぶりに首筋から感じる痛み。

 暫くこうされてなかったから、若干耐性が下がってるようで、思いの外痛かった。

 ―――ある日、幼馴染が急に血を飲みたいと言ってきた。

 だから俺は、それを受け入れることにした。俺の大切な幼馴染だから、俺の大切な、彼女だから。

「ぷはぁっ…」

 暫くして、菜音が口を離す。それと同時に、俺は押し倒される。

「どう?」

「…いろいろ…眠たいし…色んなもの食べたいしそれに…うん…」

「とりあえず、寝たらいいんじゃないか?その間に適当になんか作っておくからさ」

「うん…ありが、と…」

 ソファで眠る菜音にブランケットをそっとかけて、キッチンに立って料理を始める。

「…断血、失敗かな」

 まあ、いいけど。


――――――――

作者's つぶやき:完結!断血は無事失敗と…まあなんていうか、そんな気はしてました。

さて、特別編SSは海に行った時のお話でもしましょうかね。勿論時系列的には最終回後のお話です。

長埜さんと城井さん、この後どうなったんでしょう?まあ、知らなくてもいいですよね。

別れても、別れなくても、正直響谷くんにも私にもどうでも良い訳です。人を裏切ったらそりゃ信用はなくなりますよね。自業自得というかなんというかですね。

――――――――

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