入学式、出発前
「やーだー! ︎︎ユーくんの入学式行きたいー!」
さて、時間が経つのは早いもので。
ゲームの舞台である学園へ入学する日となった。
なお、本日は入学式があるということで関係者以外の他学年はお休み。
本来であれば喜ぶところなのだろうが、大好きな弟の晴れ舞台を見られないティアにとっては残念極まりないもの。
馬車が屋敷の門前に用意され準備万端だというのに、姉の駄々のせいで中々出発できずにいた。
「ユーくんが同じ制服着ていつもとは違ったキリッとした顔をするところとか見たいー!」
「ふふふ仕方ないよ、姉さんってば生徒会にも入ってないんだしふふふ」
「……ねぇ、なんでそんな嬉しそうな顔をするの?」
馬車の前で駄々をこねる姉を見て、自然と笑みが浮かんでいたユラン。
もしかしなくても、義姉から解放されると考えて少し嬉しく思ってしまったのかもしれない。
「うぅ……なんで嬉しそうな顔をするのか分からないけど、これ以上ユーくんを困らせたくないから静かにしてる」
「珍しく聞き分けがいいね、どったの?」
「今日を我慢すれば、明日から毎日ユーくんと学園でも一緒だからね!」
解放感も一日限定だったということを、今更ながらに思い出して涙がでるユランであった。
「ふふっ、ユーくんと毎日一緒に通学……並んで歩く校舎までの道、集まる視線……皆は私達を見て「ねぇねぇ、あの二人カップルかな?」って噂する……」
嬉しいことが明日に控えているからか、ティアは一人ブツブツと妄想の世界へ入り込んでしまう。
「私とユーくんは皆の視線を受けて「て、照れるね」、「そ、そうだね」って互いに頬を染めて……」
「おーい、脳内お花畑さんー! ︎︎不気味な笑顔が怖いよそろそろ出発していいー?」
「そして、皆の前でユーくんは私の制服をそっと脱がしちゃって、それから───」
「待つんだ姉さん! ︎︎そろそろその妄想をやめてくれないと、僕の人物像が姉さんの中でかなり歪んでしまう!」
公衆の面前で姉の服を脱がす鬼畜に捏造されたユラン。
逆によくそんな男に脱がされそうになって嬉しそうな顔をするよな、と。姉のブラコンっぷりに、ユランは思わずドン引きしてしまった。
「あ、ユーくん。ネクタイ曲がってる」
着慣れていない学生服だからか、どうやらネクタイが曲がっていたようで。
妄想から帰ってきた姉の手がゆっくりと首元に伸び、そっとネクタイを正してくれる。
そのおかげで、眼前に端麗すぎる顔と透き通った瞳、潤んだ桜色の唇が近づいて、ユランは思わずドキッとしてしまった。
(ほ、ほんとビジュアルだけは最高すぎる姉なんだから……)
悪役令嬢キャラとはいえ、あまりに整いすぎている容姿は一部で「死ぬのがもったいない」とバッシングを受けるほど。
ユランは何年もティアの弟をしていたが、ここまで整っていると異性として見てしまうのは事実。
だからこそ、こうした何気ないスキンシップにはドキドキしてしまう。絶対に表では口に出さないが。
「ユーくん、困ったことがあったらちゃんとお姉ちゃんに相談するんだよ?」
ネクタイを整えながら、ティアは口にする。
「私、昔が酷かったからあんまり学園での立場もいいとは言えないど」
「……王太子とかぶん殴ってるからだと思うんだけど」
「こら、お姉ちゃんは今真面目なお話をしているのです。茶化しちゃ、めっ!」
コツン、と。指先で鼻を弾かれる。
どちらかというと、心配を向けたいのはこっち側なのに、なんて言えなくなったユランは思わず鼻を押さえた。
「でも、ユーくんが困ったらお姉ちゃんすぐに駆けつけるから。昔ユーくんが言ってくれたみたいに、お姉ちゃんも絶対ユーくんの味方だからね」
「………………」
優しい、温かい笑顔が真っ直ぐに向けられる。
眼前で見てしまったユランは、少しばかり気恥ずかしく感じ───
「あ、でも『好きな人ができた』相談はダメだからね!? ︎︎ユーくんの想い人は私オンリー確定なんだから!」
「台無しだよ」
───すぐに何も思わなくなった。
この姉はすぐにいい雰囲気を霧散させるから、ちっとも感情が安定しない。
『坊ちゃん、そろそろ出発しないと間に合いませんよー』
御者の人間が、ユランに向かって手を振る。
ユランは「今行くよ」と、小さく手を振ってティアから少し離れた。
「んじゃ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃいユーくん♪」
ようやく始まる。
この時を、ユランはどれだけ待ち望んでいたことか。
今までずっと、姉が勝手に暴走するのを家に帰ってようやく報され、その度に破滅フラグに巻き込まれないか心配していた毎日。
しかし、これからは姉が通う学園に自分も一緒に行ける。
何かあっても、すぐさま駆けつけてフォローすることができるのだッッッ!!!
(やっと……やっとだ超長かった! ︎︎今日から、姉さんにさえ気をつけておけば破滅フラグを持ってくることもない!)
思わずスキップをしてしまいそうになるユラン。
そんな背中へ、突然ティアから声を掛けられ───
「あ、ユーくん! ︎︎忘れ物だよ!」
「え、ほんと? ︎︎忘れ物の確認とか使用人さん達がやってくれたはずなんだけど……」
「いってらっしゃいのちゅー!」
「うん、そっか」
───ユランは姉を無視して馬車に乗り込んだ。
♦️♦️♦️
そして、数時間後───
「ふざけ……ッ! ︎︎これ、絶対に遅刻するやつッ!」
───どうしてか、ユランは森の中を走っていた。
乗り込んだはずの馬車の姿はなく、ただただ宙に浮いた釘を放出していく。
目の前には、大量の魔物の群れ。
それと、金色の髪を靡かせる美しい女性が横に一人。
「も、申し訳ございません……私のせいで……!」
「今謝られても超困る! ︎︎具体的に言うと、しっかり上目遣いと谷間を強調しながら謝ってほしいからあとにしてください今じっくり見られないから!」
あまり余裕がないのは確か。
草木の陰を利用して四方から襲い掛かる魔物を、撃退していかなければならない。
それを、女の子一人守りながらともなれば、かなりハードルが高い。
加えて───
(どうして、僕が主人公と出会っちゃってるんだよ、学園にも辿り着いてないのに……!)
───時は、一時間前まで遡る。
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