懸念

 サーシャとの模擬戦が終わり、ようやく放課後。

 色々話題に事欠かないユランは、早速クラスで孤立した存在となってしまった。

 とはいえ、関わりたくないと敬遠している半分、どう接していいか分からないが半分といったご様子。時期にもしかすれば話しかけてくれる人もいるかもしれない―――なんて思いながら、ユランは王都にある喫茶店に足を運んでいた。


「ん~! うまうま~!」


 対面には美味しそうにケーキを頬張るティアの姿。

 結局、授業もないのに最後まで学園に残っていたという不思議少女ブラコンは、新作スイーツにご満悦なご様子。


「……誘ってよかった」


 一方で、横では喜びを噛み締めるサーシャ。

 ユランを誘い、セットでオプション以上の相手がやって来て、さり気なく拳を握ってこちらも喜びを噛み締めていた。


「で、そろそろなんでここに呼ばれたかお話をお伺いしても? 王女殿下は気にない男とデートで楽しめる人じゃないでしょうに」

「もしかして、異性として見てないって根に持ってる?」

「そりゃ、もちろん」


 告白もしていないのに振られてしまえば、正直根に持ってしまう。っていうか、美少女から言われるとかなり心にクル。

 意外と器が狭いユランくんであった。


「まぁまぁ、ユーくんはお姉ちゃんと結婚するんだし、他の人の評価なんてどうでもいいじゃん……あーん♪」

「うん、何を言ってるかよく分からない聞きたくないあーん」

「……凄く普通に食べさせてもらうのね」


 公衆の面前でもカップルよろしく食べさせられるユランを見て、頬を引き攣らせるサーシャ。

 しかし、咳払いを一つ入れて―――


「あなたをここに呼んだのは、あけすけもなく言えば単に私の派閥に入ってほしいっていう勧誘ね」

「それ、傍迷惑な面談の時に言ってたやつ?」

「えぇ、それよ」

「ぶっちゃけ、そんなの適当に誰か選べばいいじゃん。それこそ、王女殿下の人望があれば餌がなくても釣り放題でしょ? 僕は横にいる面倒事のお世話をするのと明日を生きるのに忙しい」


 今日だけでも色んなことがあった。

 これから安定した平和な日々を送るためには「姉を監視する」、「自分も大人しくする」を守っていかなければならない。

 正直、地位も金もコネも必要としていない現状では、誰かのよく分からない思惑の中で働いている余裕などないのだ。


「多くを引き連れれば、管理も難しいし誰かの思惑が介入する隙ができちゃうでしょう? できるだけ、少数精鋭で味方は固めたいのよ」

「ふぅーん」

「私が派閥を作りたいのは、単にからなの」


 はぁ、と。サーシャは大きなため息をつく。


「兄さんと同年代に、これからの将来を担う人材が集まりすぎてるのは知ってるわよね?」

「宰相閣下のご子息に、現王国騎士団長の長男、侯爵家の次男……だっけ?」


 確か、その三人と王太子がゲームの攻略キャラクターだったはず。

 ユランは脳裏で必死に会ったこともない男の姿を思い浮かべる。


「あと、ティアさんよ。忘れるんじゃないわ」


 担う? はて、何故その話題で姉さんの名前が?

 鋭い視線を向けられ、ユランはすこぶる理解ができなく首を傾げた。


「あー、でも確かに怖いかもねぇ」


 蚊帳の外でケーキを頬張っていたティアがようやく会話に入ってくる。


「皆、あの平民にメロメロで様子がおかしいもん。恋は盲目? っていうのかな、好かれようと必死で色んなことが疎かになってる」

「姉さんが言うと凄く説得力があるね」

「えっへん!」


 褒めてはないが褒められたと思ったティアは誇らしげに胸を張る。

 そのせいで、たわわな果実がより一層強調されたため、ユランの視線が誘導されてしまった。


「それだけならまだしも、必死すぎて性格も変わってきちゃってるのよ。この前だって、ソフィアさんの誕生日プレゼントを買うために、国庫から金を引き出そうとしたり」

「……この国、大丈夫?」

「……だから頭を抱えてるんじゃない」


 そもそも、と。

 サーシャは指を立てる。


「現実的に考えて、平民と王族が結婚なんて無理。それは他の三人にも言えることだわ。結婚っていう外交カードを自ら溝に捨てるなんて、貴族として考えられないもの。絶対に各種方面から反対されるわ」


 貴族、王族にとって結婚は互いの関係値を深める重要な手段だ。

 安易に切れない関係を固めることも、チラつかせて有利な条件を引き出したり、逆に譲歩してもらえることだってある。

 普通であれば、平民との結婚———カードを溝に捨てるような行為など、誰も容認はしない。


(結婚できたのは、ソフィアが聖女としての力を覚醒したから……だったような? まぁ、そこまでシナリオが進んでいない状況で押し進めようとすれば反対もされるか)


 これがゲームと現実の違いだよね、と。

 他人事スタンスで聞いていたユランは、ティアから差し出されたケーキを頬張った。


「っていうわけだから、いざとなった時に手綱を握る……というより、抑止できるようにしたいのよ。ほら、私の勢力が強くなれば、兄さん達が暴走しても好き勝手に周りは変えられないでしょう?」

「まぁ、否定的な意見を汲み取ってくれる存在がいれば、流される状況っていうのもなくなるしね」

「だから、私はこの学園生活でできるだけ兄さん達の発言力を削りたいの。姉さんは奔放な性格だからあてにならないし……本当はソフィアさんをどうにかすればいいのだけれど」

「え、どうにかすればいいじゃん? お姉ちゃんがしてこよっか?」

「姉さん、しゃらっぷ」


 何一つ具体的な内容を開示しないものだから、本当にやりそうで怖い。


「ソフィアさん、別に嫌いじゃないのよ……人当たりもいいし、優しいし。何より、ところだし」


 はぁ、と。二度目の溜め息をつくサーシャ。

 できる女だからこそ、気苦労が多いのだろう。そこがどうにも同種の匂いを感じて同情心をそそられる。


「じゃあさ、お姉ちゃんから一個ご提案があります」


 そう言って、ティアは懐から一枚の紙を取り出した。

 それは、学園で定期的に募集している依頼書で―――


「姉さん、これは?」

「さっきソフィアと騎士団長の息子さんが受けてた依頼」


 ティアはいつものおっとりした笑みを浮かべ、楽し気に口にするのであった。


「これさ、私達で勝手にクリアしちゃおうよ。邪魔すれば、少なくとも二人の評価が上がることもなくなるよね♪」


 その表情を見て、ユランは思った。

 この悪役令嬢め、と。

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