依頼

 学園が請け負って生徒に流す依頼は、基本的には『経験を積みたい人』が受けるものとなっている。

 貴族が通う学園だとしても、全員が全員家督を継いで領主になるわけではない。

 長男ではない次男坊が冒険者になったり、騎士になったり、魔法士になったり。

 そういった将来を見据える人間が経験を積むために受けるのであって、お金目的で受ける人間はほとんどいない。それこそ、金銭ほしさに受けるのはソフィアのような特別な生徒ぐらいだろう。


「……で、それを入学初日の新入生にやらせようってどういうことよ?」


 場所は変わって、現在馬車を乗り継いで海の見える港町。

 すっかり日も暮れ、舞台である学園の面影すらなくなった場所で、ユランは潮風を浴びながらガックリと肩を落としていた。


「ユーくん、海だよ! ︎︎これは砂浜まで行って「あはははは〜!」、「こらー、待ちなさーい」的な追いかけっこをするしかないんだよ!」

「何故古臭いカップルのアオハルシーンを身内でしなければならないのか」


 ユランとの遠出が嬉しいのか、はしゃぐティアの姿が横に映る。

 一方で、依頼書片手に港町を見渡すサーシャは、何やら真剣な表情を浮かべていた。


「……この依頼をこなしてティアさんにいいところを見せれば、もっとお近づきに」


 ただ、真剣に考えるベクトルは少しばかり明後日の方向を向いていたみたいで。

 ユランは関わりたくないなと、そっぽを向いた。


「っていうか、姉さんはなんでちょうどよく依頼を持ってきてたわけ? ︎︎いや、評価を下げて発言力を抑えようって話は分かるんだけど」


 依頼をこなしていけば、少なくとも学園内での評価は上がる。

 何せ、教師からも生徒からも「依頼をこなせるほど強い」、「貴族としての責務を果たそうとする人間」などといった印象を抱かれるからだ。

 ソフィアは平民なので上がるのは人柄や珍しい治癒能力の評価だけなのだが、目下発言力の大きいゲーム攻略キャラである騎士団長の息子───レックスはそのまま貴族としての評価に繋がる。故に、もし先を越されて依頼に失敗したとなれば信用的に少なからず影響が出るのは間違いないだろう。

 ただ、なんでこんなに都合よくティアが任務を持ってきたのか? ︎︎しかも、二人が受けようとしていたのをドンピシャで。そんな疑問が、ユランにはあった。

 そして、ティアはユランの疑問に対して頬を膨らませながら───


「……帰ろうとしたらソフィアとレックスの野郎がいてね。なんか「これならユランくんの経験にもなります! ︎︎暴力沙汰で内申が下がってしまったユランくんの評価も上げられます!」、「待て、誰だそいつは!?」ってやり取りしてて」

「お、おぅ……」


 気にかけてくれているのはありがたいが、横に要らないやついたよなと、ユランは苦笑いを浮かべた。


「このままだと、ユランくんがあの平民と一緒にお出かけすることになりそうなので、先回りして潰しておこうって考えてました!」

「行動力の塊」


 もし、ティアと誰か結婚でもすれば、絶対に尽くしてくれることだろう。

 今、それぐらいの行動力の片鱗が垣間見られた。その弊害で余計な喧嘩が勃発しそうではあるが。


「まぁ、理由は分かったけど……なんで僕も? ︎︎もうすっかり日も暮れたし、気持ち的には真っ直ぐ家に帰りたいんだけど」

「ふふっ、おかしなことを言うね、ユーくんは……夜景デートをしたかったからに決まってるじゃん」

「ふふっ、おかしなことを言うね、姉さんは……デート対象が弟ってところがそもそも間違ってるんだよ気づけやボケ」


 とはいえ、あれこれ言っていてもここまで訪れておいてタダで帰るわけにはいかない。というより、タダで帰してはくれないだろう。


(本当は面倒だし、サーシャに加担するようなことはしたくないんだけど……)


 攻略キャラ及び、主人公が破滅フラグをティアに与えてくる。

 その巻き込まれ事故を食らわないためにも、極力関わらない方がいいのは間違いない。

 だからこそ、サーシャの派閥に入って抑止力になるという話は受けたくなかった。

 しかし───


(このままじゃ、夜景デートするまで帰らしてくれなさそうだし……はぁ、家族じゃなかったら喜んで付き合ってたのになぁ)


 ビジュアルよし、尽くしてくれる一途さよし。たまにぶっ飛んでいるが、基本的に好いている人間にはとことん優しい。

 これが姉でなければ、ユランも喜んで貴重な青春の一ページを刻んでいたことだろう。


 ただ、そういうわけにもいかない立場なわけで。

 夜景デートを回避するためにも、依頼をこなす方向へ切り替える。


「それで、依頼ってどんなやつなの?」


 一人夜景デートを想像してテンションを上げるティアを放置し、ユランは依頼書と睨めっこしているサーシャへと近づいた。


「どうやら、ここを拠点にしているであろう賊の掃討みたいね」

「うげ……騎士団とかがやりそうなものを、よくもまぁ生徒にやらせようとするなぁ。っていうか、ソフィアさんもなんでこれを受けようとしたの?」

「金の羽振りと、難易度的な話じゃないかしら? ︎︎学園で貼り出される任務の中で最高位のものみたいだし、こなすことができれば教師からの内申は爆上がりよ」


 もちろん金銭目的もあるだろうが、ティアの発言から鑑みるに、ソフィアは自らの危険を承知でユランも下がった評価を上げようとしている。

 改めて「優しいなぁ」と主人公の魅力にしみじみと感動したユランであった。


「まぁ、さっさとソフィアさん達が見つける前に捜し出しましょうか。出くわしても、私とあなたなら余裕でしょうし」

「……そろそろさ、不憫な役回りばっかり押し付けられている僕に労いか褒美がほしいんだけど。僕これタダ働きだよね? 派閥に入るとも言ってないし」

「あら、ならご褒美で私が男の子の喜びそうなことをしてあげましょうか?」

「……………………………………………………………………うーむ」

「堂々と胸を凝視しないでくれる? ︎︎冗談だから」


 意外とスケベね、と。

 サーシャはユランの頭を軽く叩き、袖を引っ張って街中へと足を進めていった。

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