あっという間に
「……私、一つ言いたいことがあるの」
突然、サーシャが口を開く。
何を改まっているのだろう? ユランとティアは首を傾げた。
「どったの、急に? ハッ! まさか、僕のイケメン具合いに───」
「はいはーい! ︎︎そういう話ならお姉ちゃんは黙っていません!」
「いえ、そういう話では一切ないのだけれど……」
チラッと、サーシャは見上げていた視線を下げる。
正確に言うと、ユランとティアの腰掛けている下───山積みになった男達の体へと。
「あなた達……本当に凄いわね」
日もすっかり暮れ、静けさが広がるコンテナの中。
周囲に色々と物が散らばっている状況下で、唯一気絶した人間だけが綺麗に整理されていた。
「凄いって言われても、所詮は武器を持ってるだけの素人集団でしょ? ︎︎ユーくんとお姉ちゃんにかかればどうってことないのですどやー!」
「まぁ、意外と賊の人数は多かったよね」
「私、二十三人!」
「ぐっ……僅差で負けた……ッ!」
なんてセリフからも分かる通り、依頼をこなしたあと。
意外にも居座っていた賊の人数が多く、色々と苦戦───したわけでもなく、蓋を開けてみればなんとも呆気ないものであった。
それもそれも、ティアとユランのおかげだろう。
憧れの存在で認知していたティアはともかく、改めてユランの実力を垣間見たサーシャは引き攣った頬が戻らない。
「んで、あんまり僕は詳しくないんだけど……こいつらをどうすれば、実際問題依頼をこなしたことになるの?」
「……一応、このまま騎士団に突き出して、依頼書にサインをもらったら終わりよ」
「どうやって運ぶ?」
「ユーくんのちゅーがあったら、お姉ちゃん頑張って運ぶよ!」
「なるほど、ここは僕が頑張るしかないのか……」
「あれ、お姉ちゃん無視?」
あまりにも呑気なやり取り。
まぁ、事はすべて終わらしたのだから問題ないのだが、あまり役に立つ暇もなかったサーシャとしては「もう少しマイペースさを崩して……」なんて思ってしまう。
(確かに相手は武装してるだけの素人集団だけれど……冷静に考えて、そいつらを無傷で制圧できる学生って時点で異常よね)
自分もこの程度の人間であれば造作もなく倒せる。
しかし、ユランやティアのようにあの数を蹂躙できるかと言われれば首を傾げるものだ。
ティアは魔法のスペシャリスト。加えて、武器の扱いも心得ている。
近接戦と遠距離戦もこなせるオールラウンダー。
一方で───
(……電気、とは少し違うわね。あの魔法は)
ユランの魔法は、この世界における魔法とは少し離れたオリジナルだ。
磁力の操作は汎用性が高く、遠距離や近距離でも十全に効力を発揮する。
浮かせる、飛ばす、貼り付ける、引き寄せるといった単純なことを規模を関係なく行えるのは、間違いなく異質。
もちろん、効力を発揮するには周囲の環境に頼ることになるが、金属がない森だろうが地面に埋まっている砂鉄を取り出せば済む話。
雑多な街中であれば、恐らくどう足掻いても勝ち目はないだろう。
(これは是が非でも私の派閥に入ってもらいたいものね……そうすれば、ティアさんも自然と釣れそうだし)
仲良くしておかないと、と。
サーシャは背伸び一つして、二人に近づいた。
「こいつらは騎士を呼べば済む話よ。別にわざわざ運ぶ必要もないわ」
「あ、そうだった」
「盲点だったねー」
二人はサーシャが近づいたことで、合流するかのように人の山から飛び降りる。
ほぼ同時に動いたあたり、かなりの息の合いようだ。
「それで、これからどうしよっか? ︎ 僕としてはこのまま「お姉ちゃんとベッド・イン」
したいところなんだけど……って、今誤解を招くような被せ方しなかった?」
中々に際どい被せ方である。
「でも、結構時間も遅いし、一泊は避けられないんじゃないかしら? 多分、ティアさん達の家まで馬車で走らせたら、帰ったとしても睡眠時間なんてあってないようなものでしょう?」
「え、じゃあもうお泊まり一択じゃん!」
「僕としては是が非でも帰りたい」
ユランとしても、このまま時間をかけて帰るのは億劫極まりないのだが、冷静に考えてほしい。
もし泊まるとなれば、義理の姉と王女様と一夜を共にしなければならないのだ。
気軽に手を出せる相手ではないのにもかかわらず、二人は異様に容姿が整っている。
男として、こんなおあずけを食らった悶々とした夜など過ごしたくはない。
(あれ? よく考えれば、そもそも宿を二つ取ればいいのか)
なんて当たり前なことを、今更に気がつくユラン。
帰るのが面倒ということもあって、小さくサムズアップを見せた。
「おーけー、一泊にしよう。枕がふかふかなベッドを所望する」
「決まりね。なら、早いところ衛兵に伝えに行きましょうか」
静まり返ったコンテナに背中を向けて、ユラン達は早速衛兵の駐屯している場所へ向かう。
そして、それから少しして───
『もうしわけございません、ただいま部屋が一つしか空いておらず……』
「やったー! ユーくんと一緒の部屋ー!」
「まぁ、こんな時間なら空いてないのもおかしくはないわね」
「………………」
神様は本当に意地悪だ。
なんて思いながら、ユランはさめざめと涙を零すのであった。
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