戦いが終わって
サーシャというキャラクターは『きらこい』ではあまり描かれなかったキャラクターだ。
そもそも、女性をターゲット層にしていた乙女ゲームが故に、男性キャラばかりが主軸で描かれていたからだろう。
しかし、本来サーシャは独自の剣術を編み出して大人をも凌ぐほどの件の腕前を持つ優秀枠。
さらに、人当たりもよく器も広く、勉学もトップクラスなために社交界ではかなり人気を誇っていた。
それに見た目麗しい容姿も合わさっているのだから、同年代の女性からの憧れも、異性からの好意も凄まじいほど。
ユランも、実際にサーシャという女の子の話は聞いたことがあった。
ただ、悪役令嬢になる予定の姉の破滅フラグ回避のためにコツコツと実力を身に着け、頻繁に振り回されていたからこそ余裕がなかったために興味を抱けはしなかったが。
『お、おい……サーシャ様が負けたぞ』
『ユランくんって、強かったんだ……』
『た、たまたまだろっ! サーシャ様より、あんな平民が強いわけがねぇ!』
ざわざわ、と。
サーシャが地面に倒れた光景を目の当たりにし、周囲で傍観していた生徒達はざわつき始める。
信じられない、驚いた、関心、興味。それらが空気を締めている中、時折侮蔑的な声も混ざっていた。
(そういえば、僕って正当な血筋の子じゃないもんね。そりゃ、いい気がしない人もいるか)
ユランは男の子に恵まれなかった当主が拾ってきた子供だ。
そのため、バーナード家の血筋を引いているわけではなく、純粋な貴族かと言われると首を傾げてしまう立ち位置。
ここは特待生で入ったソフィアが珍しいとされるほど、在校生のほとんどが貴族の子供達で占めている。
バーナード家の当主が認め、正式に手続きを踏んでいるのだから間違いなくユランはバーナード家の人間なのだが、思春期真っ盛りの子供達全員が物分かりがいいわけではない。
カエサルを殴ったこと以前に、そもそもユランのことが気に食わない人だっている。
(……どうしよう、余計に友達百人目標が達成できなさそうなんだけど。やっぱり、あれって日本限定の話? それとも小学生だからできること)
驚く声や関心を寄せる声よりも、蔑みを孕んだ声の方が気になってしまうユランは、一人悲しい気持ちになった。
しかし―――
「ゆぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!」
「ぶふぉっ!?」
そんな落ち込んでいる暇はないようで。
興奮し切った姉の抱擁が、タックルよろしくユランの脇腹に襲い掛かった。
「ちょーかっこよかったよ! お姉ちゃん、ユーくんの雄姿に興奮しちゃった!」
「ね、姉さん……まずは労働後の鞭を叩き込まれた僕を労わって―――」
「思わずこのまま押し倒して子供作りたいぐらい興奮した!」
「酷い! 労いの言葉じゃない以前に乙女の発言として酷い!」
弟に対してラブなティアは、たとえ公衆の面前であってもマイペースであった。
「キュンキュンしちゃったよ、ユーくん……やっぱり、早くお父さん達説得して結婚まで持っていかないとお姉ちゃん我慢できないー」
「……もうハグも頬擦りも許容するから、とりあえずもう黙ってほしい」
色々と諦めたのか、疲れ切った表情のまま遠い目を浮かべるユラン。
抱き着きながら頬擦りをするティアのご満悦な顔とは正反対だ。
おかげで……というわけではないが、美しすぎる公爵家のご令嬢の奇行を見た生徒が余計にざわついてしまった。
すると―――
「ねぇ」
「……あ」
「そろそろ、起こしてほしいのだけれど」
痛みが治まったのか、それとも割って入れない二人の空気に気を遣ったのか、ようやく地面に横になっていたサーシャが口を開いた。
姉のせいで完全に忘れてしまっていたユランは、慌てて手を貸してサーシャを起こす。
「あー、痛かったわ」
「ご、ごめん……って、僕が謝ることじゃないよね?」
「えぇ、別に痛いの覚悟でやったわけだし。っていうか、そもそも気を抜いてしまった私に落ち度があるわけだし」
それより、と。
サーシャはチラリと横を向いた。
「ティアさんが目の前にいるっていうこの眼福っぷり……最高ね」
「ねぇ、なんでこの光景を見ても憧れを保っていられるの?」
実のではないが、弟に対して頬擦りしながらこんなにもだらしない顔をしているのに。
ユランは尊敬の眼差しを浮かべるサーシャにジト目を向けた。
「あ、そうだ! サーシャちゃんって───」
「わ、私の名前を知ってくれてるんですか!?」
「ふぇっ? だって、サーシャちゃん社交界じゃ有名人だし。あと、あのクソ王子の妹だし」
「……私、久しぶりに兄さんに感謝したわ」
兄の存在が認知の要因でしか役に立たないとは、なんとも不思議な関係である。
「それで、なんでサーシャちゃんってユーくんと模擬戦してたの? ユーくんの唇がほしいっていう話なら、お姉ちゃんが立ち塞がるけど……」
「なんで僕のファーストキスのラスボスが身内なの?」
「あ、いえ。ユランは異性として見ていないので」
「なんで僕は告白もしてないのに振られたの?」
首を傾げるユラン。
そんなユランを他所に、サーシャはいい笑顔を浮かべて───
「
なんか面倒くさいことになりそうだなぁ。
ユランは間に挟まれながら、澄み切った青空を仰ぐのであった。
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