王太子殿下
心の底から面倒くせぇ、なんて思う今日この頃。
確かに、学園に入れば姉が持って来る破滅フラグを事前に潰せると息巻いてはいた。
しかし、考えてみてほしい……まだ、教室にすら入っていないのだ。入学式にすら参加してないのだ。
それなのに―――
「おい、どうしてティアがここにいるのかと聞いているんだ!」
主人公の攻略キャラの一人であり、王太子であるカエサル。
ゲームではティアと婚姻関係を結んでいる相手なのだが、弟と結婚したい方面に変わってしまったティアとは、現在婚約の話はなし。
自分と結婚したいというのはすこぶる複雑な心境だが、それによって二人の接点が少なくなったと前までは安心していた。
とはいえ、そんな安心もしばらく経ってから意味のないものだったと嘆いていたが……まさか、初日から出くわしてしまうとは。
「(……姉さん、ここは回れ右しよう。迂回して教室を目指すんだ)」
「(それはいいけど……どうしたの、急に? あんな言い方されてムカつかない? ぶん殴りたくならない?)」
なんて、物騒なことを耳元で口にするティア。
もしかしなくても、このまま放っておけば暴力沙汰に発展してしまうかもしれない。
だから、ユランは酷く真剣な表情を見せて―――
「(僕はね……姉さんと二人きりの時間を過ごしたいんだ)」
「(ユーくん……ッ!)」
ティアが感極まって口元を覆う。
魔法の言葉とは素晴らしい。義姉との関係値が余計に拗れそうではあるが、これで無理に突っかかることもないだろう。
「ではこれで、失礼します」
「じゃあねぇ~」
「おい、待てっ!」
とはいえ、そんなすんなり帰してくれるわけもなく。
王太子殿下の、徐々に強くなった声音が二人の背中に向けられた。
「なんだよぉ……私のことが嫌で癪なんでしょ? だから回れ右してあげてるだけなのに」
「どうしてソフィアまで連れて行く!? まさか、また虐める気か!?」
「へっ?」
なんの話をしているのだろう?
不思議に思って横を向くと、そこにはさも自然に横に並んで背中を向けていたソフィアの姿が。
「あの、ソフィアさん……どうしてついて来るんですか?」
「あ、あれっ? 一緒に行く流れなのではなかったですか?」
「できれば残って、あの人を足止めしてほしかったです」
「でも、一人だけ除け者は寂しいです……」
「ぬぐっ!」
上目遣いから放たれる甘い言葉。
あまりにも顔立ちが整っているせいで、ユランの胸はキュンとしてしまう。
「仕方ない、ソフィアさんも連れて行こう」
「え!? どうしてなの、ユーくん!? そうしたら、お姉ちゃんと教室までデートができないじゃん!」
「姉弟間で凄いパワーワードをぶっこんでくるね、君は」
近年稀に見る距離が短すぎなデートだ。
「ソフィア、どうして君までそっちにいるんだ? そちらにはその女がいるだろう?」
「えーっと……確かに、ティアさんと一緒はあまり気分がいいものではありませんけど」
「ぶん殴るよ?」
本当に仲悪いなぁ。
虐められていたポジションにいるはずの女の子とは思えない発言に、ユランは少しばかり遠い目を浮かべた。
これも、ティアの性格が変わってしまった弊害だろうか?
「ユランくんがいるので、私はここにいるのですが……」
あれ? なんで僕の名前を出したの?
驚いていると、カエサルの視線がユランの方へ向き―――
「なるほど、誑かせたのはその男か……」
「え、僕!?」
どうしてか、矛先が姉ではなく自分の方へと向いてしまった。
ユランはあまりにも理不尽すぎる誤解に、思わず驚く。
「お前がソフィアに何かをしたんだろう!?」
「一緒にいるだけでそんな解釈!? そんなにお隣にちょっと気になる美少女がいないことに不満なの!? 女の子のハートを射止めたいなら、自分で行動しなさいよ大馬鹿者っ!」
「なっ!? き、貴様……王族に向かって無礼な……ッ!」
本当にこいつで王国大丈夫なの? なんて言葉もセットで言いたかったユラン。
しかし、大馬鹿者発言の時点ですでに時遅しではあったりする。
「ふんっ! 貴様、ティアの弟だろう?」
大きく息を吐き、何やら急に嘲るような視線を向け始めるカエサル。
「そ、それがどうかしましたか……?」
「やはり、姉弟とは似る者だなと思ってな」
いきなり何を言っているのだろうと、ユランは首を傾げる。
「やはり、その女のように考えることが卑劣でクズだ。恐らく、ソフィアのことも脅しなどで侍らせているのだろう」
「ちょ、ちょっとカエサルさんっ!」
流石に言いすぎだと思ったのか。ソフィアが割って入ってくる。
しかし、カエサルの口は止まらず、どんどんエスカレートしていく。
「だからその女も人望も何もないのだ。貴様も、姉のように孤立した存在になりたくなければ、今すぐに態度を改めた方がいいぞ」
そして———
「まずは、ソフィアをはなぶべらっ!?」
―――ユランの回し蹴りがカエサルの頬に突き刺さった。
「……ふぇっ?」
いきなりのことに、割って入ったソフィアは思わず呆けてしまう。
取り巻きも、周囲で眺めていた生徒達も、何が起こったのか分からずあんぐりを開ける。
そんな中で、ユランは足を降ろして吹き飛んだ王太子に向き直り、そっと口にするのであった。
「口閉じろや、クソ野郎。誰の許可得て姉さんを侮辱してんだ、ぶち殺すぞ」
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