やってしまった
やったことに後悔はない。
ただ、もし過去に戻れるなら出会う前に窓から飛び出して逃げたかったとは思う。
『だ、大丈夫ですか、カエサル様!?』
『お前、なんてことを……!』
遠い目を浮かべるユランの目の前では、当たりどころがある意味よく気絶してしまったカエサルと、心配して駆け寄る取り巻き。
そして───
「け、怪我の方は大丈夫ですから、ね?」
どう反応したらいいのか戸惑いながらも、腫れた頬に治癒の魔法を施しているソフィアの姿があった。
本当なら暴力嫌いとして有名な主人公であれば、素直にユランに怒りそうなものなのだが、逆に心配してくれているのは思うとことがあるからなのかもしれない。
『ねぇ、あれって治癒魔法……?』
『嘘、やっぱり本当だったんだ!』
『扱える人って、国内でも二人とか三人なんでしょ?』
『っていうか、王太子殿下……大丈夫かな?』
ざわざわと、王太子殿下が気絶&珍しい治癒魔法という構図によってザワつく周囲。
おかげで、いつの間にか廊下にはかなりの人だかりができていた。
(……これ、絶対に王太子に目をつけられたやつだよね)
ユランは一人、集団の中心で転を仰ぐ。
(王太子はゲームにおいての攻略キャラ。姉さん筆頭に主人公と一緒に断罪していくキャラだから関わりたくなかったんだけど……最悪な関わり方してない?)
あんな性格の男だ。
気絶させられて「あははっ! ︎︎もう気にしてないよ!」なんて言ってくれるような相手とは思えない。
ソフィアがユランに対してマイナスイメージを持っていないから直接的な行動はしてこないかもしれないが、学園にいる間は何かとティアのように目をつけられるだろう。
(……攻略キャラ一人だけだから、わんちゃんまだセーフとかないかな? ︎︎なんかそっちの方向を信じてみたい気がするんだけど)
どないしよっかなー。
なんて、軽い調子で呟いてしまったのは、恐らく多分に現実逃避が含まれているからだろう。
そして、ややあって。
ユランはすぐさま回れ右をして───
「よし、姉さん教室に行こう!」
「あ、現実逃避に振り切る方にしたんだね」
清々しい笑顔を浮かべたのであった。
それはもう、周囲の視線や倒れている王太子のことなど他人事のように。
「うん、もうやっちゃったものは仕方ないもんね。ソフィアさんがきっと心も体も治癒してくれるに違いないよ。僕達にできることなんて、この重たい頭を下げることだけだもん」
「下げないの?」
「下げても相手の目が開いてなかったら意味がないのです」
ごもっともだが、加害者が口にするセリフとしてはいかがなものだろうか。
いつも怒られる側のティアは、思わず首を傾げてしまった。
「ソフィアさん、その人お願いしていいですか? ︎︎僕、これ以上遅刻はできないので」
「あ、はい……任せてくださいっ!」
ユランに助けられた恩があるからか。
寂しいと言っていたソフィアは拳を握って気合いを見せる。
それを確認したユランは、聞こえてくる「待ちやがれ!」という声を全力で無視して歩き始めた。
「姉さん、僕は入学初日から有名人になった気がするよ」
「まぁ、ユーくんにしては珍しくアグレッシブだったからねぇー……お姉ちゃんびっくり」
「今日だけは何も言えない……」
初日から遅刻だけでなく、王族を蹴ってしまった。
いくら学園が立場関係ない平等を謳っていたとしても、間違いなくアウトのラインだ。
姉が持ってくる破滅フラグを回避するために入学したのに、まさか自分がやらかしてしまうとは。
徐々に辟易というか過去に戻りたい欲みたいなのが募っていくユラン。
すると───
「でも、お姉ちゃんは結構嬉しかったり」
ティアが上機嫌でそのようなことを口にした。
「……なに? ︎︎弟が問題児になって喜んじゃうなんて、姉さんも変わってるね知ってるけど」
「そうじゃなくてさ」
ティアがさり気なく、ジト目を向けるユランの頭に手を添える。
そして、優しい笑みを浮かべながらそのまま頭を撫でたのであった。
「さっき、私のために怒ってくれたんでしょ?」
「………………」
「やったことの善し悪しはお姉ちゃんは人に言えないからお口チャックするけど、私のための行動に嬉しく思わないわけないじゃん」
そうじゃない、と言ってしまいたい。
しかし、間違いなくユランがキレてしまったのはティアのためだ。
気づかれたことに対しての恥ずかしさも重なり、ユランはされるがままに撫でられ続ける。
「ふふっ、ユーくんがいよいよボッチになったら、お姉ちゃんとずっと一緒にいられるね」
「いや、これから頑張って友達ぐらいは盛り返しを見せたいとおも───」
「……そしたら、わんちゃん将来ずっと一緒って依存が形成されるのも夢じゃないんじゃ?」
「僕は気合いで友達を作るよボッチよくないッッッ!!!」
何やら家庭環境が崩壊しそうな不穏な発言が聞こえたため、ユランは全力で友人を作ることを決意したのであった。
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