第二王女
『ねぇ、あの人が……』
『養子のクセに王太子殿下を蹴ったんだって』
『やば……近づかねぇようにしないと』
ティアと別れ、自分の教室に辿り着いて少し。
ヒソヒソとした生徒達の声と視線が、外を眺めるユランの背中に突き刺さる。
(こんな空気じゃ、友達百人なんて宝くじ確率でしか作れない気がしてくる……)
ボーッと外を眺めていると、何故か涙が出そうになってくる。
ぼっちとはこんな感覚だったのかと、改めて知ったユラン。
そんな時───
「お隣、いいかしら?」
ふと、横から声をかけられる。
視線を向けると、艶やかな長髪がすぐに視界に入り、どこか高貴さを感じる雰囲気が肌に触れた。
加えて、少しばかり蹴り飛ばした男の面影がある。
もしかして、と。ユランは自然と口が開いてしまい、
「
「初対面でいきなりぶっ込んできたわね」
ユランは慌てて口を押さえる。
しかし、時すでに遅しなのは言わずもがな。
だが、少女は怒ることなくおかしそうに笑って横に腰を下ろした。
「ふふっ、サーシャよ。あなたの言う、
───サーシャ・ハインツ。
ハインツ王国の第二王女であり、攻略キャラであるカエサルの妹だ。
『きらこい』の本編にはあまり登場しておらず、設定だけのキャラクターではあったものの、カエサルの攻略ルートでは王妃になったソフィアを支えてくれる良心的キャラ。そして、人柄能力共に評判高い女性である。
「これは失礼しました───ユラン・バーナードです」
「いまさら堅苦しくしなくてもいいわよ。兄をぶっ蹴っておきながら畏まられるなんて、逆に笑っちゃうわ」
「確かに」
随分と気さくな人だ。
とはいえ、確かに実の兄を気絶させておいて畏まられるのも困るというのは大変よく分かる。
「っていうわけだから、気楽に話してくれていいわよ。そもそも、私がそういうの嫌いなタイプだし」
「んー……まぁ、そっちがいいならそうするけど」
「それで、私の兄を蹴った気持ちはどうだった?」
ずいっと、端麗な顔と好奇心に満ちた瞳をサーシャが向けてくる。
距離が距離のためドキッとしたが、ユランは至極真面目な顔で───
「過去に戻りたいのは戻りたいけど、とても気持ちよかったです」
「ははっ! やっぱり、ティアさんの弟だわ!」
愉快そうに笑う。
それは実の兄が蹴られたという憤りとは程遠く、まるでユランの発言と同じように「スッキリした」とでも言わんばかりのもの。
だからこそユランは首を傾げてしまったのだが、笑いすぎて目元に涙が浮かんだサーシャは拭いながら、
「い、いえ……ぶっちゃけ、いい気味だと思ってね。最近、うちの兄は女にゾッコンなせいで性格が変わっちゃってうざったらしかったのよ」
「は、はぁ……?」
「だから、シバいてくれて助かったわ。ありがとう」
実の兄を気絶させて褒められるとは。
ゲームの世界だからだろうか? よく分からないものである。
「っていうか、姉さんと知り合いなの?」
「知り合いっていうほどじゃないけれどね。単に私が尊敬してるってだけよ」
「そん、けい……?」
「どうして首を傾げるのよ?」
「いや、あの姉に尊敬できる部分があったかなーっと」
あんな隙あらば弟に抱き着いたり、頭をピンクにさせたり、姉弟の垣根を越えてこようとするティアに尊敬する部分があるのか? 誰よりも一緒にいるはずのユランは、腕を組んで必死に頭を悩ませる。
すると、先程まで楽しそうだったサーシャの瞳が少しばかり鋭くなる。
「言っておくけど、ティアさんって相当優秀だからね? 容姿もさることながら、成績もいつもトップだし、魔法の才能も誰もが認めるほどだもの。素行は確かに少し難があるかもしれないけど───」
「少し?」
「それでも、憧れる令嬢は多いと思うわ。一匹狼なところもかっこいいもの」
まぁ、身内だからこそ分からないこともあるのだろう。
色々と異議申し立てしたいところではあるが、これ以上美少女の目付きが鋭くなる前に納得することにした。
「おーけー、姉さんは尊敬できる人なんだねきっと恐らく多分めいびーで僕が勘違いしてたよ」
「はぁ……絶対分かってないトーンで薄っぺらい発言されちゃったけど」
まぁ、いいわ。
そう言って、サーシャは頬杖をついてユランの顔を見つめる。
「……僕の顔に何かついてる?」
「いえ、今更思ったのだけれど……あなた、よくお兄様を蹴られたわよね」
「あの時はなんというか……その、珍しく感情的になってしまいましたと言いますかなんと言いますか───」
「いえ、そうじゃなくて。お兄様ってかなり実力者のはずなのだけれど」
マジマジと、観察されるように見られるユラン。
まるで動物園の檻の中にいるような気分を味わっていると、サーシャは何かを決めたのか唐突にユランの肩を掴んだ。
「え、えーっと……」
「ねぇ、これは一つ提案なのだけど」
そして───
「どこか空いたタイミングでいいから、私と手合わせしてくれないかしら?」
「はい?」
そんなことを言い始めたのであった。
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