一難去ってまた一難
この世界では、特段山火事など珍しくない。
何せ、口から火を吹く魔物もいるわけだし、高層ビルも避雷針もない環境であれば雷が落ちることだってあるからだ。
故に、ティアが仮に周囲の被害度外視で森ごと魔物を燃やし尽くしたとしても、さして問題視はされないだろう───山火事から抜け出さなければならなくなった当事者以外、は。
「もう、お馬鹿っ! ︎︎頭のネジが緩んでるどころの騒ぎじゃない外れてるよしっかり今度探して締めてやるクソ姉ッッッ!!!」
ソフィアをおんぶしながら、ユランは必死に森の斜面を降りる。
時々聞こえてくる叫び声は、恐らく魔物が焼かれていっているからだろう。
そんな肌を焼いてしまいそうな環境の中で、超絶美少女枠なお姉ちゃんは可愛らしく頬を膨らませ、不満気アピールをしていた。
「むぅー、まずはピンチに颯爽と駆けつけたお姫様にお礼を言うのが先だと思うんだけどー!」
「そこについてはありがとう次のピンチも運んでくれなかったら、素直にもう一回お礼言えたのにねッ!」
ユランが文句を言うのも無理はない。
被害度外視で火力を上げた魔法は、すぐに森の草木を覆い尽くしており、進路がほとんど赤く染っている。
早く抜け出さなければ、火傷どころではなく三途の川に一直線だ。
「あの、私も走りますよ!?」
「このペースで走れるんだったら、僕は鞭を打ってでも走らせるけど!?」
「あぅ……」
自信がないのか、ユランにおぶられるソフィアがすぐに押し黙る。
その姿を見て、何故か並走するティアは額に青筋を浮かべて───
「ユーくん、いっそのことぽいっ、しよ。お姉ちゃん専用ユーくん背中ポジを奪う女狐は燃えるゴミだよ」
「発言が擁護できないほどアウトだよ姉さんっ!」
なんて恐ろしい子なんだ。
このまま背負っておかないと、きっと後ろの少女の命は火の手以上のピンチに見舞われることだろう。
(これ、遅刻にプラスで制服問題まで浮上するんじゃないかなぁ!? 焦げたら作り直ししてくれることを所望……!)
倒れてくる木を磁力で振るったパイプで薙ぎ払い、進路を確保する。
「姉さん、水系統の魔法は使えないの!?」
「今度会得しておきます!」
「嬉しい意思表明ありがとう! ︎︎使えないなら恥ずかしがらずに言ってもいいんだよ何も思わないから!」
もし水系統の魔法が扱えれば、ここを切り抜けるのも幾分か楽だっただろう。
あれだけ魔法に愛されているのに、運悪くも揃っていないジャンルの需要がきてしまった。
「あなたは使えますか!?」
「わ、私は───」
「あーっ、そうだった! ︎︎治癒系統の魔法しか使えないんでしたよね!」
「ッ!? ︎︎な、なんで知って!?」
ソフィアが驚いたような表情を見せる。
明らかな失言。何せ、ユランはソフィアと初対面で、そもそも名前すらも知らないはず。
しかし、目下訪れている死の危機に、ユランはそれどころではなかった。
(また姉さんが破滅フラグを持ってくる! ︎︎これで死んだら、絶対製作者も涙ものでしょちくしょうッ!)
斜面を下る。燃え盛る倒木を飛び越える。
すると、ようやく火の見えない済んだ景色が視界に映った───のはいいが、足場が同時に消えてしまった。
「しまッ、崖!?」
咄嗟にユランは片腕でティアの体を引き寄せ、もう片方の手で地面に大量の砂鉄を集める。
そして、二人を庇うように背中から落下し───
「……死んだかと思ったぁ」
砂鉄を集めたおかげで、辛うじて背中を痛めるぐらいの軽傷。
絶対、平和な日本じゃ味わえないアミューズメントだよね。
なんて愚痴りながら、澄み切った空を見上げた。
「ユ、ユーくん……」
遠い目を浮かべていると、ボソッと深刻そうな声がティアの口から聞こえた。
まさか、どこか怪我を? ︎︎なんて、ユランの焦りが脳内に湧き上がる。
「私……突然襲ったユーくんの王子様ムーブに鼻血が出そう」
だが、そんな焦りもすぐさま捨て去った。
「あ、あの……」
すると、今度はソフィアの方から声が聞こえてきた。
その時、ようやくユランはソフィアという女の子をしっかりと片腕で抱き締めていることに気がつく。
「あ、すみません……変に抱き締めちゃって。嫌でしたよね?」
「いえっ! ︎︎そ、そんなことは……むしろ、ドキドキして嬉しかったと言いますか……」
「ん?」
後半の方がよく聞き取れなかったユランは首を傾げる。
そのあと体を起こし、明らかにとても名残惜しそうにするティアと少し名残惜しそうにしているソフィアから離れた。
「んー……これだけ火の手が広がっていれば、魔物問題は心配いらなさそうだね」
あとは騒ぎを聞きつけて駆け付ける人間達が消火作業を行うだけ。
そうならなくとも、焼き尽くせば燃えるものもなくなって自然に消えていくだろう。
「っていうか、なんで姉さんがここにいるの? ︎︎家にいたでしょ」
「うちの近くで魔物が暴れてるって聞いてやって来た!」
「本当は?」
「こっそりユーくんの入学式を見に行こうとしたら御者さんと出会って話を聞いたあと駆けつけました!」
そんなことだろうと思った。
なんてため息を吐きながらも、助かったのは助かったのでとりあえずティアの頭を撫でる。凄くご機嫌な表情だ。
「ありがとうございました」
すると、傍で様子を見ていたソフィアが徐に頭を下げる。
「おかげで、助かりました。もう、どうお礼をすれば……」
「いえ、お気になさらず」
「ですが───」
「本当にお気になさらず……!」
相手は主人公。破滅フラグ持参の筆頭と、ここで変な関係値なんて作ってたまるか。
そのため、たとえ美少女からのお礼でも必死にお断りを入れるユラン。もう、それはそれは筆舌に尽くし難いほどの形相で首を横に振るほど必死である。
「あぅ……そう、ですか」
シュン、と項垂れるソフィア。
それに対し、ティアはユランを隠すように胸に頭を引き寄せた。
「そうだそうだ! ︎︎ユーくんにお礼はいらない! ︎︎お礼ならお姉ちゃんが代わりに全部するから!」
「ちょ、姉さん!? ︎︎待って、苦し───」
「今だって、お姉ちゃんの大きな胸に興奮して喜んでるんだから!」
「本当に待つんだ姉さん! ︎︎初対面の人に不名誉な印象を与えるんじゃない僕に失礼でしょ!」
流石に関係値を作りたくはないとはいえ、冷たい目で見られるのはごめんなユランであった。
「むぅ……あなたには関係ないじゃないですか。というより、どうしていつも私に対してそんなに冷たいんですか」
ソフィアが少し苛立ったように声音を下げる。
「私は今回はティアさんにも感謝しているのに……」
「鼻につく女の子だからだよ」
素直にキツいことを言う姉である。
「っていうより、私は基本ユーくんを魅了しそうな可愛い女の子は基本的に嫌いなの! ︎︎これでユーくんが靡いちゃったらどうするの!?」
「ふぇっ!?」
「ほらぁー! ︎︎そういうこと……そういうことになるから私は全世界の美少女が嫌いなんだよもぉー!」
ユランが惚れるというところに反応し、顔を真っ赤にさせるソフィア。
乙女な何かを感じ取って、懸念通りでご機嫌斜めなティア。
一方で───
(姉さんが主人公のことを嫌いっていうから、もう何か起こっちゃったのかって心配になったけど……)
単に自分以外のライバル全員が嫌なのか、と。
湧き上がった心配を捨て去り、そっと盛り上がる二人の空気の中でさりげなくたわわな感触を堪能するユランであった。
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