第3話 エモーションカクテル

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 アルバイト先のエモーションバー【エモエモパラダイス】には常連客のヒロシさんが顔を見せていてた。

 

 〈大人の雰囲気〉という念を発散させながら、キザに注文する

 

「ダダ君、いつものヤツをよろしくたのむぜ」

 

「最近〈大人の雰囲気〉出す事多いですねー。マイブームですか?」


 カクテルを調合するオレの手元を見ながら、ヒロシさんは更に〈大人の雰囲気〉を強調する。

 

「オレくらいの歳のコン(魂)ならマナーみたいなモンだぜぇ。特に今日は待ち合わせの相手が例のあの子だからねー、出す〈念〉の方向性は当然そっちになるよね。」

 

 オレはすかさず「さすがっすねー!」という〈念〉を出す。コレは接客業だから当然上手くなった。

 〈何も考えず尊敬するバシャオジサンの事だけを考える〉その後〈バシャオジサン〉を外すという2段階を1セットにして念じるのがコツだ。

 あとは〈相手を見ない〉というのも大事な基本テクだ。

 目を閉じてもっともらしく頷きながら、〈さすが〉という念のみ抽出して外側に出す。

 

 これをバレないようなスピードで念じられるようになれば、皿洗いを卒業して、バーテンダーの定位置に漂う事が許される。

 

 ヒロシさんはいつも飲むカクテルが決まっている。ヒロシさん専用のオリジナルカクテルで名前はまだついていない。

 

 以前

「ダダ君、オレのカクテルにふさわしい名前を考えてみなよ。オレのイメージってどんな感じ?」

 

 と問われ続け、アイデアを出すも全て却下され、以来半年間、次に来店するまで〈名前の候補〉を5つ考えてくるのが宿題とされている。

 

 ヒロシさん的には、狙っている彼女の前でオレに発表させて、カクテル名のトークをしながら、

いかにオレがヒロシさんを尊敬しているのかを話させながら、

自ら実感しながら、

彼女に実感させながら…

つまりそれは〈サイコーな自分〉に浸る為に考え出された必殺トークで、気に入ったコンを口説く非常に効率的なテクとして重宝しているようなのだ。


 だから〈名前なんて本当はどうでもいい〉と思っているのを知っているので、オレも適当な思いつきをその場で念じる。


 そんなずっと名無しのカクテル【ひろしスペシャル】は、5つの感情エネルギーのエッセンスを混ぜて作られるオレの自信作だ。

 

 そもそも我らコン(魂)類は、日頃から大いなる全てのソースエネルギーを常に少しずつ吸収し続けている為、エネルギーを改めて吸収する必要なんてないのだが、多くのコン(魂)は夕方になるとあえてエネルギーの自動吸収モードをオフにして、枯渇状態にした後、うちの店ようなラウンジで、ソースエネルギーから分離抽出した自分好みの〈感情のエッセンス〉をカクテルにして味わうのだ。

 

 エネルギーの吸収の仕方を変える事で〈アース世界〉のような感情を人工的に再現する〈あの世の趣向品〉だ。

 

 因みにこの時エネルギーの吸収モードはマニュアルだが、万一の場合にはバーテンダーがすぐに対応できるシステムになっているので安心だ。摂取講習はちゃんと受けている。

 

 多くのコン(魂)は、〈アースの学び〉を終え自宅に帰る前のひと時を、この〈エモエモパラダイス〉のようなラウンジでエンジョイしているのだ。

 

「お待たせしました、ひろしスペシャルです。」


カウンターに置かれたカクテルグラスにシェーカーから光る液体を注ぐ。

 

「おっ、キタキタ。オレはお待ちかねだよー。もうかなりのカラカラ状態だから今日はいつもよりききそうだな。」

 

 ……と、ヒロシさんは5色に光る液体をいっきに飲み干すと、恍惚の表情を浮かべる。

 

「くぅ〜感情がしみわたる!ジーザスだぜぇ!」

 

 突然、手を広げ叫ぶヒロシさん。


 リーゼントという〈アース〉のレトロファッションを模したヒロシさんの〈最上位部分〉が微かにゆれた。


 カクテルに入っている感情をひとつずつ噛みしめるように味わっているのだろう。ちょっとだけ血走った目を見開いている。

 

 ひろしさんが何を飲んでいるか他のお客さんは知らない。今、彼がどんな気分なのか周囲は知らない。分かるのは、漠然とした〈今のオレはサイコーだ〉という念だけだ。


 感情のエッセンスは3つ以上混ぜると複雑になる為、それを飲んだ者が出す〈念〉も複雑になり、どんな念なのか周囲が細かく判断したり理解する事は難しくなる。

 

 ひろしスペシャルには、けっこうキワドイ感情が入っている。

 彼も分離的(ネガティブ)な感情で興奮する〈アースジャンキー〉のひとりなのだ。


 〈王様のように偉くなった気持ち〉をベースに、〈純粋〉と〈ナイスな自分〉を少々、〈ロックな気持ち〉で香りをつけて、最後に〈恋の予感〉を数滴たらして完成だ。

 

 ちなみに〈ゆったり感〉や〈自然との一体感〉などリラックス系をベースにするカクテルが、いわゆるスタンダードカクテルと言われている。

 

 はじめ、ひろしさんの注文通りの材料だけで作ったら〈えげつなさ〉が規定値を超えたので、オレから進言するカタチで〈恋の予感〉を足す事で、なんとかカクテルの枠におさめる事が出来た。

 オレの中でもかなり尖ったカクテルレシピだ。

 

 ちなみに規定値超えの飲み物は全て処方箋で管理されており、うちのような娯楽用の店では提供出来ない決まりになっている。

 

 店によってはコッソリ……ってところもあるらしいけど、〈エモエモパラダイス〉はその辺もキッチリした経営方針で、社会勉強にもなって楽しいのでバイトは長く続いていた。

 

 ひろしさんはいつもキャバクラのお姉さんとこの店で待ち合わせをして、少し飲んで最高の気分になってから、お姉さんのお店に同伴出勤する。

 

 最近のお気に入りはチーちゃんというキャバ嬢で、いつか一緒に〈恋愛感情〉が入ったカクテルを飲むのがヒロシさんの目的らしい。

 以前「バレないようにちょっとだけチーちゃんのグラスに〈恋愛感情〉を入れてくれ」と頼まれたが、そこはプロとしてやんわりとお断りした。

 

 やはりコン(魂)にとって、どんな感情を誰と楽しむかは重要な事だとされているからこそ、そこは自由でありたいし、その為のルールだって存在する。

 

 ヒロシさんは一言でいうと〈格好つける事が大好き〉なコン(魂)だ。

 〈アース世界〉と違ってこちらの世界では、〈誰かに迷惑をかけられる事を不快に思う事〉がない。常に互いの関係がウィンウィンである事を知っている。学び合い…というヤツだ。

 だからヒロシさんも〈格好つける事〉に一切のためらいがない。

 

 念話の最後に〈ゼ〉とか〈ダゼ〉をつける事が多いので、店員仲間の間では〈ダゼ〉というあだ名で呼ばれ、ちょっとだけ面倒な常連客さんとして親しまれていた。

 

「てんちょー。ダゼさんからポテトフライのオーダーだぜ!」

 

「オッケーダゼ!」

 

 なぜか店長命令でひろしさんが来ている時だけは、店員同士の念話の語尾にも〈ダゼ〉を付けなくてはいけないルールだ。

 

 その為店長とタメ語で念話する事になり、結果〈上と下〉について学んでみようという遊びにもつながっている。

 

「お前、オレに向かってタメ語でしゃべれて嬉しいだろ!喜んでるだろ!」


 …と怒られながら遊ぶのだ。


 ちなみに店長にとってひろしさんは地元の先輩でもあるので頭が上がらすず、ひろしさんにとってこの店は後輩の店で王様気分で思いっきり格好つけられる場所でもあるので、結果、ひろしさんにはいろんな意味で〈上と下〉の概念を教えてもらえる事になる。

 ちょっとありがたい〈ありがた迷惑〉的なあつかいだが、オレはそんな彼を少しだが好きだとも思う。

 

「いらっしゃいませ」

「おー、チイちゃん! 待ってたぜ〜! ダダ君、例のもの頼むよ」

 

続いて来店したのはヒロシさんのお気に入り、キャバ嬢のチィさんだ。


「チィに〈ちゃん付け〉していいのはオレだけダゼェ」

 …と以前〈ここだけルール〉を作っていたので、お好きなようにしてもらう為、オレはあえて〈さん付け〉をする事で〈チィちゃん〉と呼べない悔しさと〈ヒロシさんとの格の違い〉を強調する。


「チイさん生誕日おめでとう御座います!」

 

 オレは来店したチィさんに、「ダゼ……ヒロシさんから」だと言って花束を渡す。

 

「マジで〜びっくり〜、超嬉しい」

 というパッケージ感のする〈念〉がチィさんから放出されるのと同時に、100点の笑顔がカタチ作られる。

 

 彼女もまた、この業界のプロなのだ。

 

 その日チィーさんがオーダーしたカクテルは「テキーなサンライズ」。

 〈ちょっと得した気分〉と〈出勤前のイケイケ感〉と〈ビジネスライク感〉を少々入れたものを、〈的な感〉のソーダで割って全体をボカシたライトカクテルだった。

 

 このソーダで割ったら、大抵の〈念〉はボカシが入った様になるので、他のこんから何を飲んで、どんな気持ちなのか分からなくなる為、プライバシーを守りたいキャバクラのお姉さんたちに人気だ。

 〈念のボカシ〉はセクシーな印象を与える効果もあるのだという。

 

「チィーちゃんさー、2人で〈親愛感〉ベースのカクテルに挑戦してみようぜぇ。〈友愛感〉でもいいんだぜぇ。」

 

 ……というヒロシさんの誘いを

 

「そういうのは、時間をかけてもう少し先にしたほうが楽しみが出来て嬉しいし……その前に色々と欲しい服もあるの❤️服の話し聞きたいでしょ、もしかして…」

 

 ……と、やんわり拒絶していたチィさんが印象的な夜だった。

 昼の講座でニニさんのアバターが散財していたのを思い出し、また興奮してしまったようだ。


そして、やはりこの夜も、ヒロシさんおなじみの念トークが始まる…


「…どうなのよ、ダダ君から見たオレのイメージは。そこ大事だよね、カクテル名にするならね。もしもの話だぜ。もしもオレのイメージをカクテル名にするとしたらの話だぜぃ。

 でも、いい加減名前を決めていかないと、オレだってさすがに名無しのカクテルじゃあ、ずっと飲んでもいられなくなっちゃうぜぇ。」


 これは、いわゆる〈合図〉というヤツだ。こういう念をヒロシさんが出した時が、〈宿題の発表〉のじかんなのだ。


「ヒロシさんはオデコが広いので〈サンライズ〉。更に〈ブラックカード〉という自慢を持っているので、〈ブラックサンライズ〉はどうですか?」


 おでこの美しさと富への素晴らしい執着を褒め称えた100点の提案をオレは念じた。


 あとで気がついたが〈ブラックカード〉の部分をオレはその日最も強い力で念じていたようだ。〈カクテル名はよほどどうでもいい〉と思ったのだろう。


こういった機転を自然に効かせられるあたりは〈アースでの学び〉のおかげだと、あらためてその重要性を考えさせられた。

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