第11話 記憶のエディット作業 その2
〈暴力シーケンス〉の編集は思いのほか進んでいなかった。その為、今日は集中して作業を進めようと 、個室ブースを予約したのだが、コレが裏目に出ている。
(1人だとなんだか興奮してしまって、他者の目を気にせずに、ワクワクの念を出してしまうんだよなぁ、どう編集してやろうか…どんな〈ひどいトラウマ〉に仕上げてやろうか…)
次の〈自殺未遂シーケンス〉は、〈アースジャンキー〉のオレにとっては最高に興奮できる体験というか…ものすごい死ぬほど強烈なエロ本を遂に読むぞ!とでも言えるような体験になる事は、間違いがないのだ。
(人生で最大深度の〈分離的ネガティブ体験〉とはどのような体験なのか!オレはどんだけ興奮してしまうのだろうか?どうなってしまうというのか!)
ここで編集された記憶の効果により、〈アース〉では〈運命の瞬間〉を迎える事になる。恐慌状態の強度、深度は、編集の出来にかかっている。
オレは、震える手元をおさえて深呼吸。まずは、レーザーメスで、球状に固まった〈場面〉と〈感情〉の切り離し作業だ。
濃紺の球体の表層部分にある〈口論の場面〉には、ふじつぼのようなカタチの〈感情の結晶〉が、ビッシリと埋め込まれるようにくっついていて、パッと見ただけでも普段の10倍はある。さらにやっかいなのは、それぞれの〈結晶〉には、更に別の記憶が紐付いているので、複雑さが増している。
〈高価な洋服にこだわる妻を罵倒するシーン〉には、〈裏切られた気持ち〉や〈家族から除外されている疎外感〉や、〈愛されていないという欠乏感〉などの〈感情〉が張り付いているのだが、
そこには更に古い記憶である〈オレが職場でミスをする屈辱的な記憶〉や〈クビを言い渡された記憶〉などが、ぶら下がるようにリンクされている。
例えば〈裏切られた気持ち〉には、〈幸せだった頃に家族で公園を散歩した記憶〉も、対比するように紐付いていたりする。
こうして球体を解体しながら、様々な〈場面〉から〈感情〉を分離して、重複するものを集めてカテゴライズする事で〈強烈〉にする。
そしてカテゴライズした強烈な負の感情を〈真の絶望〉へ誘うように、順番を考えながら並べて、それぞれの感情にふさわしい象徴的な場面と合成し、最後に全てをループさせる。
希望の光が全く想像出来ない、完膚なきまでの〈絶望感〉を演出しなくてはならない。
オレはまず〈家族の散歩シーン〉に、ありったけの幸福感をリンクさせファーストカットにする。
もちろんそこにはバリバリ仕事をこなす充実感もリンクされている。
次に〈職場のイスを並べて仮眠をとるシーン〉に、〈家族の為に頑張った気持ち〉をリンクさせ、
次に〈職場で失敗したり、怒鳴られるシーン〉に〈自信の喪失〉や〈罪悪感〉をリンクさせた後、そのカット全体を〈妻のせいだ〉という方向性にする。
〈契約の解除を言い渡されたシーン〉は、〈悔しい気持ち〉や〈長年かけて培ったものが崩壊する虚無感〉などをリンクさせ、コレも〈妻のせいだ〉という方向性にする。
次のカットは、〈オレの引きこもりのシーン〉に、〈無気力感〉や〈仕事に対する恐怖感〉、〈近所の目に対する恐怖感〉、〈妻のウソに対する不信感〉他多数をリンクさせ、全て〈妻のせい〉にする。
最後のカットは、〈妻に暴力を振るっているオレを怯えた目で見る妻の顔のシーン〉に〈何もかもお前のせいだ、オレの幸せを返してくれ〉という気持ちをリンクさせる。
つまり全体を通すと、家族を愛しているからこそ、家族崩壊の危機から守るため、敵である妻を倒さなければならないと、妻に暴力をふるった流れになる。
こうして出来上がった横に長い〈編集された記憶〉の最初と最後をくっつけてドーナツのようにすればどうなるか…
暴力を振るった後に、再び幸せだった頃の記憶を思い出して、その記憶中に〈敵だと思っていた妻〉が家族としたいたのを思い出して、ハッとし、守るべき家族を自分自ら破壊してしまった…という事実を突きつけられて〈絶望〉する。それを認められずに〈いったいどうしてこうなった?そうだ、妻のせいだ…とまた、記憶のループを延々続けるのだ。
つまり〈絶望感〉をループさせる狙いだ。
(こういう作業はバイト先での経験もあり、かなり得意なんだよな。オレってば。ママン師匠のおかげだな。)
この〈絶望のループ〉を体験する〈アース〉での自分の反応が楽しみでならない。
それが、オレの知らない〈オレ〉である事は間違いがないのだ。
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