第12話 エモエモパラダイスの避難訓練
「えっ!なんですって!一階で爆弾が爆発するって、あなた本気で念じているの⁈ 確証もないのに避難なんて出来ません!断固拒否します!私の前にその爆弾を持ってきてから出直しなさい!」
…ママンさんが、休日の朝から張り切っている。既にステージ衣装の〈スワン2世〉のビキニ姿だ。
今日は午後から、〈エモパラ〉の店舗が入っているビルの定期避難訓練が行われる。
時々、イタズラ好きな
(〈オェっと爆弾〉は、吸うと丸一日吐き気がするガスを撒き散らす、恐ろしい爆弾だ)
この訓練は〈なりきり劇場〉の天才で、〈元エアーギター世界チャンピオン〉のママンさんにとって、年に一度の〈なりきり祭り〉と言ってもいい催しなのだ。
まだ始まってもいないのに、朝から既に何度も〈なりきって〉同じセリフを繰り返して練習している。
「ワタクシは、バクダンなんてものを仕掛けるバカげた
ママンさんが、唾を飛ばす勢いで、ひとりまくし立てている。
(今年は何をやるつもりなんだ?レスキュー隊の皆さんを相手に何かやるつもりなのか?!問答の時間を楽しみたくて、引き延ばすつもりなのか…)
どちらにせよ〈こんなに面白そうなもの〉を見逃すオレではない。オレもママンさんも〈アースジャンキー〉なのだから。
オレはご近所の店舗に事前連絡をして頭を下げておく。八百屋さんもフラワー屋さんも慣れてはいるが、一応、〈念〉のためだ。
♢
練習を終えたママンさんが一息ついて飲んでいるカクテルは〈クローバークラブ〉。
コレはスタンダードのカクテルで〈幸運の祝福〉〈選ばれた王〉のエッセンスが入っていて、ニニさんもこの前飲んでいたものだ。
(ママンさんにしては珍しい、ノーマルなスタンダードカクテルなんて飲んで、どういうつもりだ?)
…と、オレが不思議がっていると、
「ジリリリリリリリリ!」
けたたましい音が鳴り響き、ビルの館内セキュリティAIが告げる。
「只今、緊急避難勧告が発令されました。このビル内に爆弾が仕掛けられたようで、現在捜索中です。ビル内にいるものは、レスキュー隊の指示に従い速やかに避難して下さい!尚、犯人の〈スパイ〉は未だビル内に潜伏しているようですので、充分に注意をして下さい、繰り返します…」
(今年の訓練の設定は、去年とちょっと違うようだ)
館内放送を聞いたママンさんは、しばらく考えた後、大きく深呼吸をして、吐き捨てるように新たなカクテルをオーダーする。
「始まったわね。ダダくん、〈チクショーナイト〉を頂けるかしら?」
このカクテルは、〈くやしさ〉系の代表的なカクテルで、主に〈裏切られし者〉、〈騙されし者〉、〈敗者の屈辱〉などが入っているカクテルなのだが、コレを飲んだものは、くやしい相手を定めて、徹底的に攻撃しようとする。
(〈クローバークラブ〉と〈チクショーナイト〉の組み合わせなんて、飲んでる
ちょうどシェーカーを振り終わったタイミングで、入り口のドアが開く。
「レスキュー隊です、一緒に避難しましょう。」
隊員たちを見たママンさんは、一瞬ハッとしている。
レスキュー隊の3
「隊長!いったいどうしたんですか?早く避難誘導しないと…」
隊長と呼ばれた一番年配の隊員が俯いて固まっている。
〈隊長〉は、(開店前で客のいないはずの)エモパラに、ママンさんがいるはずは無いとタカを括っていた。
タマタマ偶然このエリアを担当になったが、〈昼なら〉問題ないと思ったのだ。
隊長は笹の葉で編まれた腰巻きを身につけていた。そう!彼は〈ドMの笹おじさん〉その人であった。
(なぜここに〈笹の葉おじさん〉がいるんだ?複雑すぎる!要素が多すぎる。ワクワクが止まらない!)
2人は〈心の底〉まで見せあった深い仲なのに、なぜか互いに他人のフリをしながら、その〈不思議な劇場〉のストーリーが展開し始める。
レスキュー隊を前にママンさんは、きっぱりと断言する。
「わたくしは、決して逃げません!この幸運に愛され選ばれた王の中の女王である私がいる限り、〈おえっとガス〉など取るに足りません。私の幸運の前では、近寄ることも出来ないでしょう!安心しなさい、向こうの方が私を避けて通るでしょう。」
新人の隊員2人は頭に〈?〉を浮かべながら、冷静に説得を試みる。
「隣の空き地まで移動するだけですから、それに終わった後にお菓子が配られるそうですよ。」
肩をつかむ隊員の手を、ママンさんは払い除けながら急に鬼のような形相になり、唐突に絶叫する。
「無礼者!この、ブレイモノ!クソ虫よりも汚い手で触りやがって、爆弾なんてどうせウソだろう!騙されないぞ!チキショー、この私を騙すなんて許さない!」
きおつけの細長い姿勢で固まる3魂を前に、一人ひとり順番ににらみを効かせるママンさんは、更に続ける。
「なぜなのか!わたくしは知っているのです!この中にスパイがいるという事を!自らの本心を隠し生きる大バカものがいるのです。私の心眼を待ってすれば、わかるのです。偽りの自分を本物だと思い込んで生きてきたスパイがこの中にいるのよ!」
そう言ってママンさんは隊長の正面に漂う。
そして、一転、耳元で優しくさとすようにささやく。
「その男はきっと避難誘導よりも〈内なる衝動〉を優先させたいはずなのよ。」
隊長の強く握った拳が震えている。
「さぁ全員目を閉じて!怒らないから正直に答えなさい。ウソをつき続けるのも大変でしょう。楽になりなさい。さあ、〈私がスパイだ〉というものは右手を上げるのです。」
薄目をあけてこっそり見ていると、隊長の右手がゆっくりと上がり始めた。
「バシッ!」
「ヒッ!怒らないって言ったのに!たましたのか!」
隊長の頬に容赦のないビンタが炸裂する。
驚いている新人隊員2人は何が起こっているのか理解が追いついていない。
しかし隊長はビンタ一発で、心は折れており、〈服従のポーズ〉をとっている。
「ごめんなさい。許して下さい。私が全て悪いんです!」
こうして、一年ぶりの〈避難訓練〉は、いつのまにか〈何か別の訓練〉に変わり果て、翌朝まで盛り上がって幕を閉じた。
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