第10話 カミングアウト未遂事件
オレの初めてのパートナーであるクラスメイトのニニさんが、ニコニコしながら隣に座っている。そしてオレは内心でかなりの緊張を強いられていた。
…そう、ここはオレのバイト先、エモーションバー【エモエモパラダイス】のカウンター席。
バイトが休みだとニニさんに念じていたら、どうしても〈エモパラ〉に行ってみたいと念じられ、連れてきたはいいものの、〈あの事〉を感づかれるのではないかとヒヤヒヤだ。
(早い時間だからまだましか…どうしよう、ここは〈変態〉たちが集まる店、〈アースジャンキー〉が集まる店だぞ!クラス一真面目な
「店長さん、ダダ君はいつも、バイト中はどんなふうに過ごしてるんですか?」
(てんちょー、ニニさんには何も知らせてないんです!お願い、察して!察してくださぁい!)
…といった〈念〉をもし出せば、ニニさんにバレてしまう…。
…そう!こちらの世界で出した〈念〉は、基本外に筒抜けになるからだ。逆に言えば〈嘘を念じる〉ことは出来ないのだが…
何も知らない素直な店長は、包み隠す必要もなく、堂々と答える。
「ダダくんはねー、いつもぷりぷり怒ってるママンさんの事を見て喜んでるよ。そういうの好きなんだろうなぁ、オレとも気が合うしね。」
(…ギリギリセーフだ!〈ぷりぷり〉のおかげでギリギリ〈かわいいママンさん〉の枠内に収まるだろう。まさか〈パンダとリンゴと笹に扮した中年男の生尻をぶっ叩いている〉なんて事は、想像も出来ないだろう。)
「へぇー、よっぽどママンさんの事好きなんだね、私も会ってみたいなぁ〜。」
ニニさんは、本当に純粋な存在なのだ。
「そっかー、ニニちゃんも、そういうのが好きなのかな?〈怒られる方〉か好きなのかな?きっともうすぐ来るんじゃないのかな?」
店長は完全に勘違いをしている。
(しかしそれは… それはマズイ!こっちの世界では〈望み〉は〈すぐに叶ってしまう〉のだ。あの
そんな戦慄に怖気立つオレの、ほんの一滴の希望を、ドアの開く鐘の音が、粉々に蒸発させた。
「おこんばんわ〜、今日のこの店のやる気はどうかしら〜、あぁ、そうだった、思い出した!このしみったれた店に私が来てやったって事は、その準備がこの店にはあるって事…。いいわね、今日も飛ばして行きましょう!」
〈何にも知らない〉ママンさんが来店する。
ボディビジョンは最近よく見る軍服のコートを着たイタリア人の中年男性のデザインだ。最近ダイブしている〈アース〉のボディと同じものだ。おとなしめのデザインで助かった。一見はただのカッコいい外人のオジサンだ。
しかし既に少し飲んでいるようだ。勢いもそうだが、何かこう…いつもと違うのだ。
(…ん?ママンさん、もしかして…〈まばたきをしていない〉ぞ!さっきから一度もだ!コイつ、キマッてやがるよ!こんな事初めてだ!〈革命の闘争心〉の原液って、どれだけ飲んだら〈瞬きが止まる〉んだ?)
ママンさんは「がぃーん、がぃーん」と口から音を出しながら、ロボットダンスのような動きで、ニニさんの隣に移動して漂う。ニニさんを間にはさむカタチだ。
まばたきをしない目は大きく見開かれている。
(まずいぞ、〈アレ〉をニニさんに見せる訳にはいかない!〈パンダさんチーム〉とのプレイだけは見られる訳にはいかないぞ!マジで!)
ママンさんの手にはもうすでに、例の〈特性モッキンバード〉が入ったカクテルグラスが握られている。おそらくそれを飲めば、〈完全なスイッチ〉が入ってしまうだろう…。
さっきまでニニさんと飲んでいたリラックス系カクテル〈新緑のせせらぎ〉の酔いも、すっかり醒めてしまったオレは、冷静になり、〈マシな未来の可能性〉をギリギリでひらめく。
(そうだ!〈新緑のせせらぎ〉を飲ませて、クールダウンしてもらおう!)
…と、焦りながら見やると、そこにはカクテルグラスを持ったまま、すでにピクリとも動かなくなっているママンさんがいた。
「ママンさん?ママンさん?どうしたんですか?」
必死に肩をゆすって心配するニニさんに、店長が優しくなだめるような口調で念じた。
「そっとしておいてあげて下さい。大丈夫です。彼はある種〈なりきりの天才〉ともいえる、飛び抜けた個性がありましてね、こうして時々何かになりきってしまうんですよ、突然にね、」
(危なかった…本当に危なかった! この展開は、ギリギリセーフの展開だ。コートのスキマからはスズメの羽の一部が飛び出ている。ここで固まってくれなかったら、おそらく脱いでいただろう。)
ニニさんは、まさかママンさんが今、熱湯風呂の浴槽になりきって、数々の芸人達の苦しみもがく裸体を包み込みながら、何も出来ない、何もしてやれない興奮に打ちひしがれているなどと、思いもよらないのだろう。
「エアーギターの修行の一貫だ」とギリギリウソにならないように念じれば、ニニさんは素直に興味を失ってくれたようだ。
ニニさんとは、まだしばらく編集の日々が続くので、気まずくなるのだけは避けねばならない。
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